よくもまあ、この喧騒の中うなされもせずに寝ていられるものだと思う。
どんな場所でも環境でもしっかり安眠する慈郎を見ていると、食欲小なり睡眠欲、そんな不等式が思い浮かぶ。

「ほらジロー、お前ほとんど食べとらんやろ」
声を掛けてみるが、もちろんこの程度ではピクリともしない。
こんな状態でよく食いっぱぐれずにここまで育ってこれたものだ。
つい親御さんの苦労にまで思いを馳せてしまう。
(ん?だから育ちきってないのか?)
もし本人が聞いたとしたら、ぶすくれて「一週間口きかない」とか言われそうなことを考える。
それでも、そう言った本人が次の日には忘れて笑顔で話掛けてきたりするのだけど。
考え事をしながら目をやれば、まるで思考を読んだように慈郎の眉間にわずかに皺が寄る。
「ぶっ!」
偶然だろうが、あまりのタイミングの良さに堪えきれず噴き出した。

「なにニヤニヤしてんの忍足。ちょっとどいて、邪魔だよ」
滝が次の10皿を運んで来る。
周りではリタイアを量産しつつもまだまだ大食い対決が繰り広げられていた。
どう考えても勝ち目の薄い我が氷帝も、勝負事に負ける気などさらさらない部長の指揮の下、たった一人の活躍だけで健闘していた。
「ほら、慈郎。起きな」
静かな声で滝が慈郎を呼ぶ。
そんな小さな声で起きるわけがない、と思っていた。
けれど。

「んあ?」
パチリと。
慈郎が目を開ける。

「じ、ジロー?」
寝汚い慈郎が一度声を掛けただけで起きるなんてこと、いままでなかった。
信じられない光景に、あばらの下がチクリと痛む。
(さっきは起きんかったやんか)
「ジロー出番だ」
穏やかな声で跡部が慈郎を名指しする。
慈郎はガバリと凭れていた柱から上半身を起こし、ちょうど新しい肉を焼き始めた鉄板に前屈みに近づいた。

「羊の匂いがする!」

寝起きの半眼がパッと全開に開き、コートに立った時と同じように輝く。


ただ呆然と、その成り行きを見守っていた。
さっきチクリと痛んだ場所で複雑な感情が渦巻き、情けなくももよおした吐き気をなんとか堪える。

(せや、別に滝に負けたわけやない。羊に負けただけや)

己を奮い立たせようとそう考えてみて、逆に打ちのめされ項垂れた。






HAPPY BIRTHDAY!! dear 芥川慈郎
2007-05-05



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