空いた皿を片すために立ち上がれば、進行方向を大きな障害物が塞いでいた。
わざと聞こえるように大げさにため息をついてみせたのに、何やら放心しているらしい相手へは伝わらなかった。
「忍足、邪魔だってば。いじけるならもっと端でやってよ」
「……う?ああ、スマン」
速効性のある辛辣な言葉を選んで、やっとそれを退かすことに成功した。
忍足はのそりと鈍い動きで体を動かす。

「忍足?」
寝起きとは思えない勢いでラム肉を頬張っていた慈郎が箸を止めて振り返る。
さっき追加したばかりの10皿は、既に風前の燈になっていた。
もちろんそれを計算の上、うちの皿はラムにしてもらったのだけど。
「何してんの忍足?羊食う?うまいよ!」
忍足の様子がおかしいことに気付いた慈郎が俯いた顔を覗きこんで見る。
「や、平気や。ジローが食べ」
普段、気持ち悪いほどうまく空気を読む男が、珍しく読み違えた。こういうところに精神的ダメージが如実に表れる。
忍足としては遠慮したつもりなんだろうけど、途端、慈郎の顔から笑顔が消えた。
「ハ?うまいっつってんじゃん!俺の羊が食えないっての?」
慈郎は半分チンピラのような口調になって、忍足を追いつめる。

「はい、忍足!あーん!」
慈郎が強引に忍足の口元へ鉄板から上げたばかりの肉を押しつけた。
「うわっ!あっつ!?ジロ!やめっ……!」
焼き鏝のような効果を発揮した羊肉が容赦なく忍足を襲い、氷帝のテーブルは一気に賑やかになる。
さっきまでの鬱陶しい空気が沈殿している状態よりも、よほど良い。

それに。
慈郎は「好きなもの」に対してひどく貪欲だ。

年がら年中寝呆けているようで実はちゃっかりしている慈郎は、例えば好物の確保なんかには相当抜かりがない。
ともすれば、跡部や取り巻きの女子が甘やかすものだから、労せず慈郎の取り分が増えることだってざらにある。
でも逆は見たことがなかったから、さすがに少し驚いた。
彼とはだいぶ長い付き合いになるけれど、慈郎が自分の取り分を減らして、誰かにあげようとするところなんて初めて見た。

慈郎は「好きなもの」に対してパワーをセーブしない。

いまのを見ると、慈郎の中を占めている割合の話で言えば、忍足はもっと自信を持ってもいいはずだ。


でもまあ、そんなことをわざわざ教えてあげるほど、俺は親切じゃあないけれど。





2007-05-06



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ジロ誕 ジロ忍的フォロー(?になってるかな…)
滝くん独白