「天気予報の当たる確率?」
「んーー」
寝ているものだとばかり思っていたから、急に話し掛けられて驚いた。
読んでいた本を閉じて隣を見ると、パッチリと開かれた目がこっちを向いてた。
慈郎は、自分で話を振っておきながら、それ以上話を広げる気はないらしい。
そんなことはいつものことだから気にはしないが。
「そんなん、良くも悪くも5割やないん?」
正直に自分の思うところを口に出してから、それでは世の気象予報士たちにあまりにも失礼すぎるかと反省し、そこに居ない相手へ弁解でもするかのように少し補足した。
「あくまで個人的な意見やけど。目安でしかないやろ。明日雨が降るていう情報を元にどう行動するかは受け手次第や」
慈郎は頷くでもなく、ただ黙っている。聞いてはいるようだから、そのまま続けた。
「例えば雨が降るて予報を見たのに傘を持ってこなかったとか、予報を知らなくて傘を持ってこなかったら、それは俺にとって当たりやないねん。情報ってのは正しく活用して初めて意義が生まれるものや」
あまり弁解になっていない気もするが、とりあえず自己満足は満たしたのでよしとする。
ふふ、と慈郎が笑う。何かおかしなことを言っただろうか。
「俺と忍足は、考え方は似てるのに、辿り着く答えは全然違うのな」
もう一度笑って、慈郎は続けた。
「だから、おもしろい」
慈郎の言うことに興味はあった。
「答えは、どう違うんや?」
促すと、寝ころんだままの慈郎が下から覗き込むように見上げて視線を合わせる。

「天気予報の当たる確率は、100パーセントだよ」
真顔でそう言う。
世の中に、100パーセントのものなどあるはずがない。
そう思ったが、口には出さなかった。
「ありえへん」
慈郎の言うことに興味はあった。
このまま会話を終わらせてしまうのはなんだか勿体なくて、笑いながら否定してみた。
「だって、外したことないもん」
慈郎の言うことは、たまに予想の範疇外で退屈しない。
「ジローが天気予報するん?そんな特技初耳やわ」
「特技?特技じゃないよ。体質に近いかな。特技ってのは、半熟ゆで卵を包丁で縦にキレイに4等分できるとかそういうのを言うんだよ」
なんで知ってるのか。そんなこと。
「……それも特技ちゃうやろ」

慈郎はこちらに向けていた視線を外し、空を仰ぎ見る。
「今日はこれから雨が降るよ」
つられて空を見る。視界には、雲ひとつない青い空。
昨日見た天気予報では、本日快晴、降水確率10パーセント。この降水確率というのも曖昧だ。
10パーセントて。つまりは、やはり目安ということなんだろう。
「ほんまに?」
雨なんて降るわけがない。
「うん、雨の匂いがする」
けれど、なぜかその言葉にはとても説得力があった。
「そうか」
信じてなどいなかったけれど、そう答えた。
「ほんなら、今日は部活なしやんな」
「この匂い好き」
どんな匂いなのかわからなかったけれど、花のように笑う慈郎は可愛かった。
「そうか」
慈郎に倣って笑ってみたけれど、我ながらぎこちないと感じた。

笑う慈郎を見て、雨は降るかもしれない、と少し思った。

そう思ってしまってから、もう一度空を見る。
それから、そう思ってしまったことを後悔した。

世界中の何よりも、信じられないのは、自分自身。
慈郎の言葉なら信じられるような気がした。
ただ、慈郎を信じるのが信じていない自分だという馬鹿みたいなパラドクスに、鼻の頭に皺が寄る。

ため息は、抜けるような青い空に静かに吸い込まれた。

雨なんか降るわけがない。

気休めのように、心の中で呟いてみた。


**

放課後になっても、空は相変わらずの青さを保ち、当然のごとく部活は通常通りに開始された。
やはり雨の降る気配は微塵もない。

アップを済ませ、コートに入る。立ったコートから少し視線を上げ、黄色い頭を確認した。
珍しく部活開始時間からコートに居た慈郎は、空と同じ色のベンチに横になり眠っている。
監督が不在の上、跡部が委員会で遅れている部活動には、慈郎の眠りを妨げる者はいなかった。

異変は、唐突に起きた。
その直前、視界の隅で、ボールとは違う黄色が動いたのに気付いた。
自コートに打ち返されたボールが地面につくよりも先に、他の何かが地面を打つ。
咄嗟にロブを上げて、相手のスマッシュを誘う。素直に返ってきたスマッシュを背を向けて切り返し、ラリーを止めた。
その頃には、サアッと音がするくらいの勢いで細かい水滴が落ちて来ていた。
空を見上げれば、すぐに眼鏡に水が触れ、視界がぼやけた。
ぼやけた視界越しに見た空は、変わらず青い。

「うっし!忍足!次俺とね!」
一度眼鏡を取り、ジャージで水を拭った。
いつの間にか、ネット越しには慈郎がラケットを構えている。
他のコートを見渡せば、打ち合いを続けているところと中断しているところと半々くらいだった。
天気雨は、通り雨と相場が決まっている。きっとすぐに止むだろう、そう思ってラケットを持ち直した。
「いっくぜー!」
言うが早いか、すっかり目を覚ました慈郎のサーブが飛んでくる。
サーブを打った慈郎は、素早くネットに詰めた。
強めの深いサーブを高く緩い球で返す。
「うお!」
頭上を抜かれた慈郎が慌てて引き返し、距離を短めに調整した球に追いついた。
追いつくのに精一杯だったのか、ただ返ってきただけのボールは打ちごろだったが、もう一度慈郎が追いつけるギリギリの位置に球を出した。
「なんや、急にえらい元気やんか」
「うん!天気雨好き!」
コートを横いっぱいに走る慈郎の声は弾んでいた。
「濡れてても忍足が怒んないから、好き」
そう言って楽しそうにボールを追う慈郎は、シンプルだ。
思いの外余裕を持ってボールに追いついた慈郎の返球は、予測以上に角度がついていて反応が少し遅れた。
ぽん、とガットが軽い音を立てて甘く上げてしまったボールに、今度こそネットに詰めていた慈郎のドロップボレーが決まる。

慈郎が言うように、好き嫌いや正しい正しくないの基準など、結局主観でしかない。
彼の言うことは、いつでも正しいのだ。
100パーセントだ。
そう思えたことで、世界がまた少しひらける。
「忍足!はやく!」
慈郎の声に急かされて、サーブを打つためにトスを上げた。

まもなく雨が上がった。虹は出ない。
天気雨の後は、虹が出やすいと言うけれど、出なくてよかった。
虹は劇的すぎる。
雨上がりの世界は、いつもより少しきれいだ。ガラス一枚隔てて見てもその違いはわかる。
新しくひらけた世界は、それに似ていた。
さりげないことだけど、確実に違う。

向かいのコートで、慈郎が大きく息を吸い込んだ。
それから、花のように笑う。
「雨上がりも好き!」
「俺もや」
今度は、うまく笑えたような気がした。





HAPPY BIRTHDAY!! dear 忍足侑士
2005-10-15





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言うまでもありませんが、ジロ忍ですよー!
花のように笑う、攻め
いいじゃん!