「Trick or Treat!!」

ベッドの上で枕に寄りかかり雑誌を読んでいると、すぐ右にある窓がいきなりもの凄い勢いで開け放たれた。
「ジロー、何時だと思ってんねん。もうちょい静かに入って来れんのか」
この程度のことには慣れているので、動じない。
現在、時刻は、0:12。真夜中である。
「それに、窓から入ってくるな、て何回言わしたらわかるん?」
慈郎は、俺の言い分をすべて無視して、いつも通りの侵入を果たした。
「せめて靴は脱いでや」
さすがに土足でベッドの上に立つようなことはしないが、靴をはいたまま、膝で移動しようとしている。横着者め。
ふと、ジローの動きが止まり、チラリとこちらを見た。
あ、嫌な予感。
「脱がして」
「なんでやねん」
「えー、いいじゃん」
「良くない」
「ちえ」
慈郎は、口をとがらせたと思ったら、素早く靴を脱ぎ、それを無造作に放り投げる。
「わっ!おい、ちょ!やめっ…!」
意味のある言葉を紡げないでいるうちに、綺麗に弧を描いた靴が着地する音がふたつ、空しく響いた。
フローリング部分に落ちたことがせめてもの救いだ。

布団に入っている下半身に重みを感じ、視線を戻すと、脚の上に慈郎が乗っかっている。
「……重いんやけど」
やはりその言葉も無視され、慈郎は俺の手から雑誌を奪い取ると、それを床に落とした。
そのままタックルをするように、しがみついてくる。
抱きつくというよりも、しがみつくと言うほうがしっくりくる。
そんなことを考えていると、腹のあたりに暖かい感触がある。
いつの間にか着ていたスエットをめくりあげられ、慈郎の手が中を這っている。
不意に脇腹を撫で上げられ、不快感とも快感ともつかない鳥肌が全身を覆う。
「ぎゃ!やめんかい!!なにしてんねん」
なんとかそれ以上の蹂躙を防ごうと、慈郎の頭をはたく。
大して痛くなどないくせに、慈郎は律儀に顔を顰めた。頭をさすりながら口を開く。
とりあえず、服の中から手を追い出したことに安堵した。
「さっき、言ったでしょ。忍足、お菓子くれないからイタズラすんの」
「は?お菓子?……柿ピーならあるで」
「甘くないものは、お菓子とは認めません。残念でした!」
慈郎はそう言って、首筋に頭を埋めてくる。ふわふわのくせっ毛が当たって、くすぐったい。
ここに至り、ようやく把握した事実がある。

(ああ、今日ハロウィンか)

「それにしてもおまえ、それはベタすぎやないか」
少しでも慈郎の手を止められないかと、抵抗してみる。
「忍足は、ベタな王道が好きでしょ」
簡潔に切り返され、返す言葉もない。
「ハロウィンは、ちゃんと覚えてたんやな」
思いかけず口をついて出た。我ながら、根に持った発言と女々しい声音にうんざりする。
「ん?あ、あとね、ムロマチクンの誕生日だよ」
「……誰やねんムロマチくん」
「今日、跡部のとこに来てた白ランのオレンジ頭がずっと言ってた。あんまりシツコイからもう覚えちゃったよ」
「さよか」
(ムロマチくんの誕生日は覚えたんか)
脱力感は隠せず半ば抵抗も諦めたとき、脚の上の慈郎が伸び上がり、唇に柔らかい感触が掠めた。
その感触に驚き目を見開くと、急に脚の上が軽くなる。
「どうしたの、隙だらけだよ」
慈郎が膝立ちになり、さらに近づいてくる。
普段ならありえない慈郎から見下ろされる体勢に、動けないでいると、両手で頬を包まれる。その暖かさに、目を閉じた。
今度は、深く唇を合わせられ、このまま流されてしまうのも楽かもしれないと思っていると、不意に暖かさが遠のいた。
「今日はこれで勘弁してあげるよ。甘かったから」
ケロリと真顔で言い放つ、その神経を疑う。
さっきとは違う種類の鳥肌がふたたび全身を覆う。
けれど、サムイと思っている同じ回路でキュンとしている自分が確実にいて、この時ばかりは己のラブロマンス体質を呪った。
固まっている間に、慈郎が無理矢理布団の中に入ってくる。
「忍足、眠い。寝よう」
「……ジロー、もう寒いしこんな狭いとこでふたり寝たら風邪ひくで。布団敷き」
「寒いから一緒に寝るんじゃん。くっつけばあったかいよ」
そう言いつつ、既にしっかり寝る体勢だ。
言っても無駄なことは分かっていたので、それ以上は言わない。
慈郎の体温は高い。確かに、くっつくとあったかいのだ。
「ハロウィンの子供たちは、お菓子もらう代わりに魔除けをしながら練り歩くんやで」
もう意識のない慈郎に向かって話掛ける。それこそ無駄なことだ。
諦めて電気を消してから、布団に入った。
ふわふわ頭の魔除けのお守りを抱きしめて、眠りにつく。
このお守りの効き目はそこはかとなく怪しいものではあるが、効くと思えば、効くのだ。
なべて、お守りというものはそういうものだ。
とりあえず今夜はこの暖かさに守られて、悪い夢は見ない。
最後に眼鏡を取り、枕元に置く。
きっと明日は、仮装パーティーとかアホなことを学校を挙げてやったりするのだろう。
それを遊び半分ではなく真剣にやるから、あの学校は侮れない。
校門から続くジャックオランタンの壮観な眺めを想像して、溜め息をつく。
予想を決して裏切らない、もしくは、その斜め上を行く非常識さを兼ね備えている学校だ。
夢よりも質が悪いかもしれない。
動いた拍子に慈郎の肩が掛け布団から出てしまった。
掛け直してやりながら、至近距離で見慣れた寝顔を確認する。
(まあ、ハロウィンも悪いことばっかりやないか)
腕の中からもたらされるぬくもりの中、微睡みに落ちる。



HAPPY  HALLOWEEN!!
2003-10-31





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ジローを想像してみる。(個人的意見)
窓から入ってくる。甘えるのが上手。言うことはけっこうキツイ(正しいことを言うから)。絶対的価値観で生きている。体温が高い。甘い物が好き。