「ジロー!なんや、この冷たい手!!」
慈郎と並んで歩いてた忍足が怒っている。
立ち止まった忍足が横から腕を掴むから、慈郎は仕方なく一緒に立ち止まった。
「だって手があったかかったら、氷が溶けちゃうじゃん」
街はひと月も前から飾り立てられ、ついに迎えた当日を祝い、一層華やかさを撒き散らしている。
悪天候にもめげず、行き交う人々は心なしか浮き足立っていた。
慈郎はクリスマスに浮かれるというよりも、ただ、みぞれが降っているということが嬉しかった。
みぞれに出会えることは珍しく、透明な柔らかい氷は、その冷たささえ清廉に降り注ぐ。
「ほら見て。キレイでしょ」
慈郎は、忍足に「こんな中傘なしで歩いたら凍死すんで。後生やから」と持たされていた傘を首と肩で抑えて、掴まれていないほうの手を出す。
降ってきたみぞれを何度目か、てのひらに受け取り、氷の結晶を忍足にも見せてやる。
外気と同じ温度のてのひらの上で氷は通常よりは長い時間形作るが、もともと水分が多いためそれほど長くは続かない。
慈郎は、手の上で氷が溶ける瞬間も気に入っていた。
どれだけ頑張っても、自然には逆らえない。小気味よく手をすり抜けてゆく水滴は心地良い。
水滴の行方をじっと見ていたジローの手から忍足がすばやく水を払う。そのまま自分のコートの袖で、残っていた水分を拭き取った。
慈郎は、抵抗するでもなくされるがままで居ながら、自分がキレイだと思うものを邪険にされたことが悲しかった。
「キレイなのに」
白い息と一緒に吐き出した呟きは、受け取ってもらえずに凍ってしまうのだと思った。

けれど忙しなく動く忍足は、きちんとてのひらを天に向け、慈郎の呟きを零さずに受け取った。
「アホか。どんだけキレイかて、ジローのほうが大事やろ。ええか、これしとき!」
慈郎の呟きは、受け止めた忍足の体温で凍ることなく溶けて空気になじんだ。
赤なってるやん、感覚ないやろ、まだブツブツと言いながら、忍足は自分のしていた手袋をはずし、慈郎の手にはめる。
忍足の言うとおり、慈郎の手はいまや感覚がなく、毛糸に包まれてもすぐにあたたかさは感じられなかった。
合わせた慈郎の手を、手袋の上から忍足が両手でギュッと握る。
「……あったかい」
滑り落ちた言葉の主語は、慈郎自身にも定かでなかった。
「よし、これでええな」
忍足はそう言って、再び歩き出す。

一瞬置いていかれた慈郎は、すぐに追いつき、大きな声で忍足の背中に話し掛ける。
「忍足、手袋のお礼に、うた歌ってあげる!」
「はあ?」
振り向いた忍足の顔には、また何をわけのわからんことを、と書いてあった。
慈郎は、気にせず続ける。
「うた歌うとあったかくなるんだって!こないだテレビで言ってたよ、バスの屋根の上でも歌うとあったかいって!」
ちょうど商店街にクリスマスソングのメロディーが流れていた。
それに合わせて、慈郎が歌い出す。
(歌ってもらったかてあったかくはならんやろ、自分で歌わな…)
忍足は、あっけに取られつつも、頭の冷静な部分でそんなことを考えていた。
すぐに止めなくてはいけなかったのだろうが、歌う慈郎があまりに楽しそうで。
ふと躊躇う。
一番気になるまわりの視線も思ったほど厳しくなく、それどころか寛大に受け入れられてしまうような雰囲気だった。
俄には信じがたいが、結局はそれが一番の後押しとなり、忍足は慈郎の手綱を緩めた。
口の中で、魔法の言葉を唱える。
(まあええか。クリスマスやし)




2004-12-25




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クリスマスは4CP(慈忍・千南・28・柳乾)微妙にリンクしています。
ジロ忍天気シリーズ みぞれ