「あれ金ちゃんちゃう?」
「ん?」
隣を歩いていた謙也の言葉に、手元の資料に落としていた目を上げると、少し離れたところにいる金太郎と視線がぶつかった。
「金ちゃーん!て、逃げた」
謙也に言われずとも目が合った途端、踵を返されたらそりゃあ傷つく。
「ケンヤ、ゴー!」
「なんやそれ、俺は犬やないっちゅー…」
はなしやあああと語尾をたなびかせて走り出したスピードスターに金太郎は任せて、さりげなく昼休みの喧騒に紛れようとしていた人物の肩に触れる。
「財前、待ちい」
「……何すか、部長」
「ちょお話せえへん?」
にこやかに言えば、何故か観念したように財前は大人しく頷いた。

思いのほか早く謙也が戻ってきた。
きちんと金太郎を連れている。
満面の笑みで金太郎の手を引いて謙也が近づいてきた。
「白石!ちょお見たって!金ちゃんめっちゃかわええ!」
謙也に前に押し出された金太郎を見れば、逃げたことを叱責する気は失せた。
「金ちゃんどないしたん、それ」
金太郎は、頬袋めいっぱいに何か食べ物を入れているようで、顔がパンパンになっている。
逃げ足も半減するわけだ。確かに可愛いけれど。
中身が出てしまわないように両手で口を押さえ、もごもごしている。
確かに可愛いけれど。
「で、なんで逃げたん?」
口の塞がっている金太郎が答えられるはずもなく、その場に確保したもう一人に向け尋ねた。
「俺が、部長には言うたらあかんて言ったからすわ」
「何を?」
「福豆をやったんですよ、一袋」
「財前、好き嫌いはアカンで」
財前はハアとわざとらしい溜息をつく。
「こうなると思ってましたわ」
「なに?財前、福豆嫌いなん?」
横から謙也が好奇心を剥き出しに会話に参加した。
「嫌いっていうか」
「うん?」
「味しないやないですか」
「は?」
「甘くも苦くも辛くも酸っぱくもないでしょ。食べる意味がわからん」
「ぜんざい好きなのに、豆は嫌いとか難しい奴やなあ、大豆も小豆も似たようなも……」
財前の視線のあまりのするどさに、さすがの謙也も最後まで言うことができず口籠った。
「まあ大豆と小豆は全然ちゃうわな、わかっとるから全力で睨むのやめたって」
そう助け舟を出せば、財前はほんの少しだけ視線を緩めたが、謙也からは外さない。
「ええか財前、一粒百回噛んでみ。大豆は甘いで」
「百回なんてムリですわ、あんな豆粒」
「けど、五十くらいは噛んでみるんやろ?白石に言われたら」
悪気は全くないのだが、たとえば、財前の神経を逆撫でる選手権が開催されたとしたら、謙也はぶっちぎりの優勝を飾るだろう。
財前も不快感を隠すことなく舌を打つ。
「ほんまアンタは余計なことしか言わんな」
「財前、余計は言いすぎや。不用意な発言が多いだけ」
「存在自体が不用意や」
「財前!」
「なんや意味はようわからんけど、バカにされたんはわかる」
険悪そうなやり取りを目の前でされればつい口を出してしまうけれど、放っておいても拗れすぎることは決してない。

「金ちゃん、豆は歳の数やろ。いくつになってもうたん」
ようやく口の中を空けた金太郎の目を覗き込む。
「豆うまい!」
「せやなあ、金ちゃんは何でもおいしく食べてエライなあ」
「白石ぃ!今日豆まきやる?」
「ああ、せや。ええこと考えた」
「なに?」
「金ちゃん鬼やるか?」
「オニ?」
「飛んできた豆ならいくらでも食べてええよ」
「ほんまに!?やる!!オニやる!」
「俺がラムちゃんで逃げる予定やったけど、譲ったるわ」
「え、そんな予定やったん?なにそれ初耳や。金ちゃん救世主やな」
「なんか言うたか?ケンヤ」
「なんでもないです」
「そんなん言うたら落ちたのまで食って腹壊しますよコイツ」
「平気や。金ちゃんなら落としたりせえへんよ。一粒ももらさんわ」
「あ、そ」
自信を持ってそう言えば、呆れたような表情をしつつも、財前も否定はしない。
「豆も無駄にならんし、掃除の手間もいらんし、完璧な豆まきや!んんー絶頂!」
「ぜんぶ金ちゃんが食べてもうたら、俺らの無病息災はどうなんねん?」
「金ちゃんが健康ならあとはどうでもええやん」
「白石……」
「てのは冗談やけど」
「冗談に聞こえん。真顔で言うな」
「最初にみんなの取っとくからちゃんと財前も食べるんやで。十四個」
「ほら財前、白石がちゃんとお前も大事やって」
「ほんっまアンタは!」
存在が不用意の信憑性に、笑顔でのこのこと一歩近づいた謙也を財前は遠慮なく思い切り睨みつけた。
「ケンヤ……さすがにいまのはフォローしきれんわ」






2011-02-03





ち、違うの!豆まきで一粒ももらさず全部キャッチして口に入れる金ちゃんはぜったいめっちゃかっこええ!!って白石が大声で囁くから
それを書きたかったんだけど、その場面を書く文才がないがために、その前段階を書いたら、金蔵にならなかったよ。
あれ……?
すみません、でも根底に流れてるのは金蔵イズムです。
鬼やる金ちゃんに白石がキュンてする話なんです。>そこを書けよ
健二郎お誕生日おめでとう!!!
「豆まき終わったら、今日のおやつはパセリやで」

入れようと思ったけど、我に返ってやめた白石のセリフ
おやつにパセリはナイけど、恵方巻きの具はパセリにしてくれるよきっと!