はあ、つまらん。

具合も悪くないのに、人間そうそう眠れるもんじゃない。
ベッドの上で天井を見上げながら、何度目かになるぼやきを胸に落とす。
退屈や。
WiiFitは封印されてしまったし、他のゲームを一人でする習慣はない。
かと言って、机で書き物をするわけにもいかないし。
「暇やー」
そう声に出してゴロリと寝返りをうってみるが、そんなことじゃ気分転換にもならなかった。

「しらいしー」
ついに幻聴まで聞こえてきた。
「しらいし!」
続けて二度、耳に馴染んだ声がする。
外からでもなく、家の中から金ちゃんの声とかほんまないわ。
俺大丈夫やろうか。
もしかしたら熱が上がったのかもしれないと怖くなり、掛け布団から出していた両腕をしまい肩まで布団に入った。

視界の端でガチャリと部屋のドアが開いて、見覚えのある髪の色がひょこりと覗く。
「え!?」
ぐるりと首を回し、ドアを凝視した。そこに、金太郎が居る。
「白石ぃ!」
「え?金ちゃん……?え?何して……?」
掛け直した布団を翻し、飛び起きた。己の目を疑う。
いっそ幻覚だったという方が良かった。
「見舞い来たでー」
紛れもない本物の質量と響きで存在する金太郎が笑った。
「アホか金太郎!入ったらアカン!」
部屋の敷居を跨ぐ金太郎の脚の動きに、咄嗟に制止の声を上げる。
「なんでや?」
金太郎は、上げた脚の歩幅を少しだけ手前に戻し、敷居の上に乗った。
「アカン!!そこで止まれ!」
首を傾げる金太郎に、ダメを押す。
「せっかく来たのに」
口を尖らせて不満を示されても、こっちだって引くわけにはいかない。
どうすればいいかと視線をうろつかせると、無意識に布団を握りこんでいた自分の手が目に入った。
「……あ!いま包帯してないねん、毒手押さえられん。死にたなかったら近付くんやないで。ええな?」
途端に、金太郎の顔色が変わる。
「毒手いやや!」
ひゅっと顔を引っ込め、敷居から飛び退きドアの影に隠れるように素早く移動した。
「ええ子や」
ひとまず、安堵した。
「けど白石元気そうやん」
見えなくなった金太郎の声だけが届く。
「ああ、もう熱は下がったんやけどな、インフルエンザは熱下がってからも油断したらあかんのや」
「ふうん?」
そのふわふわした声音に、確信する。絶対わかっとらん……どないしよ。

「金ちゃん一人で来たん?財前にちゃんと言うて来たんか?」
「あ、せや!光にマスクもらったんやった!」
「は?」
「すんの忘れた!」
おいおい、マスクより止めや。
「なんや光怒っとったわ。白石んとこ行ったら一週間口きかんて言われたで。なんやろなあ?」
金太郎は心底不思議そうな声を出す。つい財前を責めてしまったことを反省した。
……まあ、止まらんか。マスクは賢い判断やったな、渡すだけやのうて着けたったら完璧やった、惜しいわ。
「白石ぃ、もう入ってもええか?」
「モウもニャーもないわ。アカン言うとるやろ」
ああ、やっぱりわかっとらん。

確かに退屈に辟易してたのはほんまやけど、だからってこんな手のかかる爆弾が欲しいなんて言うとらん。
どう考えてもこの状況はアカンやろ。
なんのための自宅待機や……来たら意味ないやろ。だいたい誰が通したんや、オカンか?何してんねん。
「白石、包帯ないんか?」
「え?」
訊かれて、何のことかすぐにわからず間抜けな声を出す。
「……ああ、せやねん、いま切らしとって」
そういうことにしておいた方がいいかと答えた。
「ワイが買うてきたろか?」
こんな時ばかり気をきかせる金太郎に、最善の応答を探す。
「あー……いや!あれトクベツな包帯なんや」
「トクベツ?」
「そこらの薬局じゃあ買えん。毒手用の秘密兵器や」
「秘密ヘーキ!かっこええ!」
毒手用の秘密兵器ってなんや……またしょーもない中二設定ついてもーた……。
顔には出さず内心凹んでいると、考えるような間のあと、金太郎が口を開く。
「ほしたら、今日は白石に近付いたらアカンの?」
いままで元気が良すぎるほど跳ねていた声が急に控えめなトーンになり、揺らいだ。
「……どうしたん、何かあったんか?」
ああ、せっかくのチャンスやったのに、んな声反則や。





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