「けど、手ぇ伸ばしても白石に触れんのはもっとイヤや!」
金太郎は、片手はがしりと掴んだまま、もう片方の手を俺がここにいることを確かめるように握ったり開いたりさせた。
熱がないから人肌のぬくさが気持ちいい、額も手も。
金太郎の高い体温は、風邪をひいてから触っていない飼い猫を思わせてどうにも邪険にできない。
「部活に白石おらんのもイヤや」
「え?」
「部活ガマンしたかて白石学校におらんのやらずっと会えん……そんなんイヤや!!」
突然、堰を切ったように喋り出した金太郎に面食らう。
てか、いま何て言うた?
がまん、て聞こえた気がするんやけど。金ちゃんが?がまん?
「金ちゃん、ちょお落ち着き」
「いーやーやー!」
まるきり癇癪を起こした子供そのものだが、そのワガママの内容が微笑ましくて、つい笑ってしまう。
「金ちゃん、イヤばっかやな」
「イヤなもんはイヤや!!」
歯をむいてがなる金太郎を叱ることなどできなかった。

「わかった、わかった」
「なにが?なにがわかったん?」
「できるだけ部活にも顔出すし、これからは学校休まんよう気ぃつけるわ」
ああ、俺は金ちゃんに甘い。
「ほんまに!?」
「けど、部活は財前らの邪魔にならん程度やで。いつまでも上がいるんは、ええ気分せんやろし」
「そうかあ?」
「そうや」
「明日は?明日は白石来る?」
期待の篭もった目で見上げられて、一瞬言葉に詰まる。
「……明日はまだ無理や」
「えええー」
金太郎は頬を膨らませた。
ちゃんとわかってるんやろうか。インフルエンザやて言うてるやん。
「金ちゃんかてインフルかかってもうたら学校休まなあかんのやで。せやし、もうちょい離れ」
金太郎の手を掴む力は、ちっとも緩まない。
「そんなんもう遅いわ!いまさらや」
「……いまさら」
そんな単語が金太郎の口から出たことに気が遠くなる。
ほんまうつしたないのに!金太郎のわからんちん!
カッと頭に血が上り、それからすぐに悲しくなる。
……さっきケンヤに、いっぺん死んでもええとか思ってしもたからバチが当たったんやろか。
ちゃうねん、ちょっと八つ当たりしてしまっただけで。ケンヤは悪ないことくらいわかっとる。軽はずみやった。

「せやけど、平気やで」
至近距離ではっきりと告げられたにも関わらず、何を言われたのかよくわからなかった。

「ワイうつされへん」
困惑する俺をよそに、金太郎は、キッパリと言い切った。
「金ちゃん、そんなんムリに……」
「ムリやない」
「金太ろ……」
「白石がイヤなら絶対や」
俺の反論をことごとく遮って、金太郎は力強く断言する。

いくら金太郎かて無理なものは無理だと、理性では分かっている。相手はウイルスや。
けれど、真剣に言いつのる金太郎に対して頭ごなしの否定はできず、かといって、せやな、などと適当な相槌で誤魔化してしまいたくもなかった。
どう対応するべきか迷って、それでも目を離せずに金太郎をじっと見つめると、俺よりも先に、彼が動いた。

「やから、こんなけ近づいたあて」

目の前にいる金太郎がすばやく伸び上がる。
マスク越し、金太郎の、手よりも熱い柔らかな熱が触れた。

ぎゅっと触れて離れていく金太郎の動きが頭の中でスローモーションで再生される。
視界いっぱいに黒い文字が広がったところで、思考と意識が一時停止した。

細長く角張ったその6文字は、今にも書き手の声が聞こえてきそうやった。

――ご愁傷様です

それはまさに、型破りな金太郎の言動に翻弄される今の俺への言葉。
天才てこんなんもできるんやなあ……。
ぼんやりとそんなことを考えながら、遠くで金太郎の声を聞いた。

「絶対大丈夫や!」







2010-02-26(金)
2月毎週きんくら金曜日連載