「金太郎さんは、かぼちゃがいいと思うわ」
「かぼちゃ?」
「絶対可愛いもの! おっきなかぼちゃ被って、あとは、ユウくんがマントも作ってくれるわ」
「任せとき! 小春ぅ」
「マント! 飛べるん?」
「んー、飛ぶのはちょっとムリかしらねえ……」 
「そうなん?」
「でもかっこいいわよ、マント」
「かっこええな! マント」

 本日、四天宝寺中男子テニス部は、練習前に決めておかなくてはならない重要な議題があり、ミーティングを行っていた。
 用意されたホワイトボードには、レギュラーの名前と小春が書いた配役がずらっと並んでいる。

「俺は透明人間でいいっすよ」
「何言ってんの光! アンタは吸血鬼よ、これは決まり! 黒いイメージでピッタリだわ」  
「黒いのなんか他にもいるでしょ」
 財前が当てつけるように千歳へ視線をやれば、千歳はへらりと笑う。
「黒なら、まっくろくろすけをやればよか」
「またネジ外れたことを……そういう先輩は顔なしでもやればええんやないですか」
「顔なし! やってもよかと?」  
「光、透明人間とか言うとけば参加せんでもええ思うてるでしょ、そうはいかないわよ」
「なんやと! 光、それはアカン!」
「チッ」
 小春に図星を指され、便乗したユウジにまで責められ、千歳に嫌味は通じないし、財前は面白くない。

 本日の議題は、ハロウィン仮装の配役について。

「つうか、部長のコレは何なんすか」
 財前がうんざりといった表情で、ホワイトボードを指した。
「蔵リンはこれしかないでしょ! 四天のセクシー担当はあたしだけど、今回はキュートに攻めるから特別に蔵リンに譲ったるわ」
 今回の議題について議長に指名された小春が決定事項だと答える。
「うん、うん、小春はキュートでセクシーや」
「……こんなん衣装で表現できんるん? 逆に一目で誰もがわかったらほんまキモいんすけど」
「これ何て書いてあるん?」
 小春と財前のやりとりを机に頬杖をついて聞いていた金太郎が口を挟んだ。
「いんま、よ」
「いんま? てなに?」
 読み方を教えてもらっても、意味のわからない単語に、金太郎が首を傾げた。
「そうねえ……悪魔の一種ね」
「あくま!?」
 普段から声の大きい金太郎の、声音が一段上がった。
「うわっ!? どないしたん」
 唐突な雄叫びに、ユウジがびくりと肩を揺らす。
「悪魔はアカン!!」
 ガタン!と音をたて座っていたイスから立ち上がった金太郎は、素早く机の下に潜り込み小さく丸まって震え出した。
「な、なに、どうしたの金太郎さん」
 咄嗟に机の下を覗き込んだ小春が困惑する。 
「悪魔呼んだらアカン! 頭からバリバリ食われてまうんや! そんで足の爪だけ残しよんねん! アカンもんはアカン!!」
 金太郎のあまりの剣幕に、その場に居た全員が呆気に取られた。
「……あーそら怖いな」
 しばらくして、財前の声がボソリと響く。
 そのお陰で、張り詰めていた空気が少し緩んだ。
「光がそんなん言うのん珍しいな。お前にも怖いもんがあるんか」
 ユウジが思ったことをそのまま口にする。
「やって手の爪は食うのに、なんで足の爪は残すねん。怖いわ」
「そこ!?」
「ああ! 確かにそげんね」
「千歳……お前も……」
 素でボケ倒すチームメイトの扱いをユウジが持て余した時、部室のドアの開く音がした。
「小春、決まったんか?」
 遅れて来た部長がひょこりと顔を出す。
「バッチリよ、蔵リン」
「部長こんなんされてますよ、ええんですか?」
「ん? あはははは! ええで」
 財前が指さした先のホワイトボードを見た白石は、まるでオーダー発表に対する応えのように軽く請負う。
「振られた役は完璧にこなしたるわ」

 白石は習性のように、部室をぐるりと見渡す。
 小石川は、委員会の当番だから仕事をしてから来ると言っていた。
 謙也は、担任に頼まれた手伝いをしている。
 銀は、教室の壁の修理を頼まれたそうだ。
 珍しくこんなに早くから千歳が居るのに、まだ人数が足りない。
「金ちゃんは?」
 誰にともなく向けた質問に、思いがけない位置から返答があった。
「白石ぃ」
 金太郎が机の下からずるりと這い、顔だけ出した。
「うおっびっくりした!」
「白石ワイのこと食べるん?」
「え?」
「ワイかぼちゃやけどかぼちゃやないねんで」
「なに? 金ちゃんどないしたん?」
 金太郎の言うことがさっぱり理解できず、白石が珍しく途方に暮れたような声を出す。
「金太郎さん悪魔が怖いんやて」
 答えたのは、机の下の金太郎ではなく、小春だった。
「悪魔?」
 白石が改めてホワイトボードに並んだラインナップを見直せば、確かに悪魔に分類されるものがひとつある。
「……ああ」
「頭からバリバリ食われてまうらしいで」
 ユウジが補足する。
 白石は、机の下へと手を伸ばした。
「金ちゃん、ほらいつまでもそんなとこおらんと、出といで」
「食わん?」
 まだ恐る恐るそう訊く金太郎を安心させるように、白石は金太郎の目を覗き込んで微笑んだ。
「頭からバリバリやなんて食うたりせんよ」
「ほんまに?」
「ほんまや」
 差し出された手に金太郎が掴まると、白石は片手の腕力だけでひょいっと引っ張り出し、立たせた金太郎のウェアをはたいて埃を払う。

「白石は悪魔になるん?」
 立ち上がってからもう一度白石を見上げ、金太郎が訊く。
「せやな、1日だけ」
「ほんまに食わん?」
 念を押して訊いた金太郎に、白石は、とても美しく笑ってみせた。
「頭からなんて、もったいなくてよう食わん」
 食わん、と繰り返した白石に、金太郎がほっと息を吐く。
 ニコリときれいに笑ったまま白石は続けた。
「食うなら、んー……まずは脚の腱から、そんで、下腿三頭筋、長指屈筋、前脛骨筋、腓腹筋、半膜様筋、大腿二頭筋、大腿四頭筋、大殿筋、」
 淀みなく、食べる部位の順番を上げ連ねていく白石は、悪趣味と罵ればいいのか、博識と感心すればいいのか、健康オタクと引けばいいのか、実に絡み辛い。
「腕も惜しいけど、頭が最後やな」
 さっきの金太郎の怖がりぶりを見ていなかった白石は、知らず金太郎を、そして己を追いつめる。
「あ、金ちゃん、髪にゴミついて……」
 怯えきった野生動物に不用意に手を出すものだから、金太郎の防衛本能が働いたことを誰も責められやしない。

「ギ!ヤあ!」
 白石の口からバイブルらしからぬ、断末魔が響いた。

「あああああ……金太郎さん離して上げて! いまのは完全に蔵リンの自業自得やけど」
 小春は冷静に対応。
「悪ノリし過ぎっすわ」
 財前は呆れてため息。
「テト!」
 千歳はマイペース。
「ホラこわくない、ってオイ! 千歳止めたげて! 白石顔色ヤバイで」
 ユウジはノリツッコミをしてから心配。

 四天宝寺は今日も平和です。





2009-10-31
HAPPY HALLOWEEN!! 2009
(2010-06-30 微修正)






**
こんなにも「淫魔」を無駄遣いした話を私は知りません(ニコ)

元ネタと言うか、
ミュ立海1stの、デビル赤也に対するB金ちゃんのリアクション(異様なまでの怯えぶり)
が、↑この金ちゃんの悪魔嫌いの根拠なんですが。あの金ちゃん絶対なんか悪魔にトラウマあるよね。
しかしあの場面、照明のあまりの暗さに、DVDに収録されてない☆(四天ベンチ見えない)っていうね……
まあ、よくあるよくある!どんまい!

四天時系列について開き直った、最初のSSです^^ 気にしない気にしない。