「金ちゃん待ちや!」
「いやや!待たん!」
「金太郎!!」
それは最早、日常風景。今日も猛スピードで逃げるゴンタクレをバイブルが本気で追いかけていた。
スタート地点はコート出入口から一番遠いベンチから。コートを横切らないようぐるりと遠回りをして、もうまもなく内と外を隔てる門に差し掛かる。

トップスピードのまま門に飛び込んだ金太郎が白石の視界から消えた。
その三秒後、
「ぐえっ!」
潰れた蛙のような声がして、白石は門の手前で追う脚を緩める。
そのままゆっくりと門を出ると、ヒョウ柄の首根をがしりと掴んだ財前が立っていた。
「よおやった、財前」
白石が微笑む。
「光!何するん!?」
器用に振り向いてがなる金太郎を無視して引っ張り、財前は金太郎の手綱を白石へ渡した。
「今日は何なんですか」
「おおきに」
財前から受け取りさらりと金太郎の肩に乗せた白石の手には、見かけによらず相手を屈伏させるに足る力が入っていた。
出合い頭の伏兵のせいで逃げ切れると思っていた追っ手に捕まってしまった金太郎が財前をなじる。
「光のアホー!」
それを取り合う者は居なかった。
「金ちゃんの唇があんまり痛々しいからリップ貸したる言うてんのに逃げ出しよる」
財前に向け説明しながら、白石は金太郎の前に回り込んだ。
「もう血が出てしまいそうやん。なんでこんなんなるまで放っとくん」
手に持っていたリップクリームを構えた白石に金太郎が一歩下がる。
「それいやや!マズい!」
「舐めるもんやないで。つけてじっとしとき」
往生際悪く抵抗しようと振り上げた手が、屈んで金太郎の顔を固定していた白石の顔に当たった。
指先に触れたべとりという感触に金太郎がわかりやすく顔を顰める。
「白石、ぬるぬるしてて気持ち悪い!」

ブチンッというガットの切れるような音が財前には聞こえたような気がした。
金太郎の顎を押さえたまま、白石がずいっと顔を寄せる。
白石と金太郎の唇の距離が瞬間ゼロになり、それからすぐに白石は体を起こした。
「金太郎、人に向かって気持ち悪いとか言うたらアカン!俺が傷つくやろ」

金太郎のうしろから一部始終を見ていた財前がため息をつく。
「先輩、ほんまキモいっすわ」
財前の引いた声を拾って金太郎がピョンと跳ねた。
「ほらキモいて!白石!光にも噛み付くやろ!」
白石はニコリと笑う。
「財前のは本気やないからええんや」
「いや、心の底から真剣にキモいと思ってますけど」
そこだけは誤解されたくないと、すかさず財前が口を挟むが、白石の表情は変わらない。
「ほんま財前は可愛げなくて可愛ええわ」
ニコニコ笑う白石を見上げて金太郎が手を上下にバタつかせた。
「なんでや!ズルイ!ヒイキや!」
「贔屓やで。それがなんか?」
臆面もなく即答で返る開き直った肯定に、金太郎が面食らう。
「……ブチョーがヒイキとかしたらアカンのやで!」
「俺は俺のしたいようにすんねん、金ちゃんかてそうやろ?」
「うーーー」
ちっとも思い通りにならない会話に金太郎が低く唸る。
既に軍配は上がっていた。

「ほら、噛むんやない」
白石はもう一度屈み、大人しくなった金太郎の唇に口移しでつけたリップクリームを親指で延ばした。
されるがままの金太郎の目を覗き込む。
「ええか、舐めたらアカンで」
白石はそれだけ言い残し、立ち上がるとコートへと戻って行った。


しばらくして、踵を返した財前の足音に、金太郎がバッと顔を上げた。
歩き出していた財前の背中に飛びつき、ドンと体当たりをかます。
「光!ずるい!白石にヒイキされて!」
痛みの走る背に手をやり、財前はチラリと金太郎を一瞥した。
「ウザいわ金太郎」
いつもならこの程度の金太郎の癇癪など意にも介さず受け流す財前が、珍しく苛ついたような声を出す。

財前の知っている白石という男は、常に絶対的な価値観で凛と立ち、決して揺らぐことはない。
外野から何を言われようが傷ついたりなんかしない強い自分を持っている人。
それなのに。
さっきの、金太郎から離れる一瞬、
(部長のあんなかお、はじめて見た)

「あっ!千歳や!」
大きな声を出した金太郎がダッと走り出す。
財前がその方向を見れば、確かにのそりと歩く大男が居た。部活の時間にコートに居ることが稀なレアキャラに、金太郎の意識はあっという間に絡めとられた。

(贔屓やで、そう言ったあの人の言葉の意味も分からんくせに)
走る金太郎の背中を財前は、知らず睨んでいた。

「ヒイキされてるんは俺やなくてお前やろ」











2009-12-20
ミュファイナル2nd 四天A初日記
毎回初日が一番、はるいしさんの唇がツヤッツヤしてる件





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えーーーと、財前くんにとくに他意はない、はず、なんですけど…まああってもそれはそれでいいか
個人的には、いきすぎた憧れ(無意識)くらいのつもりで書いてます