どんさんリクエスト
白石が朝、金ちゃんを起こして、ご飯食べさせて、学校に行く話




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「金ちゃん朝やで、はよう起きんかい」
「いやや、ワイまだ寝る」
「あかん」
「いやや」
「アカン!」
「イヤや!」
「しゃあないわあ……」
「わわ、わかった、起きる!起きるから!堪忍してえな」
「よし。ええ子やな、金ちゃん」
「ワイ、起き、た、で……グーーーー」
一度開いた目が閉じて、だんだんと小さくなる声に、白石は、ベッドの横にうずくまった。

「……金ちゃん。可愛ええのも大概にしとき」
ぼそりと呟いて、けれどすぐに頭を振り、息も絶え絶えに、ベッドヘッドに掴まって立ち上がった。
「せやかて、ここで寝かしてもうたら遅刻や。俺がついててそれだけはアカン!」
握り拳を固めて、決意を固めた目が強い光を放つ。
白石は、すーと寝息をたてる金太郎の寝顔を見下ろしてから、屈んでその耳元に唇を寄せた。
「金太郎、ほんまに起きんと、」
金太郎よりもだいぶ前に起きて、新しく巻き直した包帯の留め金を外す。
完全に寝入っている金太郎に、囁く音量の白石の声は届かなかった。
それでも、金太郎はカッと目を見開く。  
至近距離でそれを見た白石は、驚いて反射的に腰を浮かせ、少し距離を取った。
ガバリと、上半身を起こした金太郎が今まで頭の下に敷いていた枕をむんずと掴む。
「毒手、」
軽く振りかぶって、思い切り離した。
「いやや!」
ばふっと乾いた音をたてて固めのテンピュール枕が白石の顔面にクリーンヒットした。
当たった枕が重力によってずり落ちて、塞がれた白石の視界が戻ると同時に、再び金太郎がベッドへと沈む。
「さすがや、金ちゃん……」
意識がなくとも身の危険を察知し対処する金太郎に、感心しながら白石は痛む鼻を押さえた。
それから、すうっと肺いっぱいに息を吸い込む。
「金太郎お!! 」
「起きや! 」
「金太郎!!!」
白石は、ぜえハアと肩で息をしつつ、全力で叫んで呼んでもまったく反応しない金太郎へ、手を伸ばす。
最後の手段だと、頬に触れた、白石の右手は、むずがるように眉を寄せた金太郎に、バシリと叩き落とされた。

叩かれた手よりも、別のところにギュウと痛みが走る。
白石は、振り払われた手を呆然と見た。
「……もうええ、金ちゃんなんかしらん!先にご飯食べるからな!」
捨て台詞のように言い放ち、踵を返した白石の背後で、ガバリと金太郎が飛び起きた。
「ごはん!!」
白石の肩の横を突風が吹き抜ける。
振り返ったベッドは既にもぬけの殻、白石は、自室にぽつんと取り残された。


白石がダイニングへ入ると、母親が餌付けの真っ最中だった。
「ほんま食べっぷりええなあ、まだおかわりあるで遠慮せんとたくさん食べてね 」
「ほはあり!」
「はあい」
「金太郎、口にもの入れたまま喋るんやない」
右手に箸を持ったまま、顔を上げた金太郎が机を挟んで立った白石を見上げた。口の中のものを飲み込んでから、口を開く。
「白石ぃ遅いで、寝坊か?」
「……まあ、そんなとこや」
いつもよりも随分と早く起きてきて、念入りに体操をして、時間を掛け身支度を整え、丁寧に左腕に包帯を巻いていく一部始終を見ていた白石の母親が、にこやかに笑いながら金太郎のおかわりと一緒に息子の分の膳を運んだ。
「おおきに、いただきます」
「これめっちゃうまいで!」
さっそくおかわりをした茶碗を持ちあげた金太郎が自分の前の膳を指す。
「ほんまか?よかったなあ、金ちゃん。ああ、ほら」
金太郎の正面に座った白石がまっすぐに手を伸ばし、金太郎の口元に触れた。
「ご飯粒ついとる」
金太郎の唇を掠め米粒をさらった手を引っ込めるよりも早く、金太郎に掴まれ、白石の肩がビクリと揺れた。
(あ、しまった、またやって……)
無意識に伸ばしてしまった手を再び払いのけられることを想像して、白石は咄嗟にきつく目をつむる。
金太郎の筋肉の動きが掴まれた手首からダイレクトに伝わった。
ぐ、と力がこめられ、その反動で突き放されるのだろうと決めた覚悟とは裏腹に、前方へと引き寄せられた。
「え?」
目を開けた白石は、パカリと開いた金太郎の口の中に飲み込まれる自分の指を見てしまった。
指先に濡れた感触が触れるとすぐに解放される。
「おおきに」
白石の指から自分の米を回収した金太郎がにこりと笑う。
「……どういたしまして?」
「今日はゆっくりでええの?」
母親の声に、白石はハッと顔を上げた。壁の時計を確かめる。
「アカン!」
もう十分で出なくてはならない時間だった。
「金ちゃん歯ぁ磨くで。あと三分で食べ。ちゃんと噛まなあかんよ」
さらっと無理難題を吹っかけて、白石は自分の膳に取り掛かる。

「ごちそうさん!おばちゃんうまかったあ!」
「おおきに、お粗末さん」
きっかり三分で片付けた金太郎に続いて、白石も立ち上がった。
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様でした」


「白石ぃ!早う!」
白石が洗面所から出ると、金太郎は既に玄関先で大きく手を振っていた。
「ちょっ、金ちゃん、なんで歯磨きから靴履くまでがそんなに速いん。ちゃんと磨いたんか?」
「磨いた!ハミガキ得意やねん」
「へえ、歯磨きに得手不得手があるんか……そら知らんかったわ」
早く早くと横で急かされながら白石は靴を履き、ドアを開けた。
「行ってきます」
「いってきまーす!」
「いってらっしゃい、気いつけてな」

「あんな、白石いっつも部室に一番やろ?」
「そやな」
「今日も行ったら誰もおらん?」
「おらんやろなあ」
白石の隣を歩いていた金太郎がタタっと歩調を早め、白石の前に出て振り返る。
「したら、ワイと打とうや!」
キラキラとした期待の籠った視線を受け止めて、白石が笑った。
「金ちゃん、ちゃんと前見て歩かな危ないで」
「へーきや!なあ、打ってくれる?」
「せやな、金ちゃんと打つの久しぶりやし、打とか」
「ほんまか!よっしゃー!」
白石の答えに金太郎は、ぐっと屈んでから伸びあがってジャンプをして全身で喜んだ。
「ほな、早よ行こ!」
笑顔で見上げた金太郎が、まっすぐに白石へ手を差し出す。

差し伸べられた手を見下ろして、白石は、大きくまばたきをひとつ。
考える間は持たなかった。
ぱしりと、白石が金太郎の手を取る。
くるりと、前を向いた金太郎が白石の手を引いて駆け出した。









2010-05-23
ミュ1stシーズン終了








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白石が朝、金ちゃんを起こせなくて、ご飯粒食べられて、学校に行く話