あっ、と思った時にはもう遅かった。
顔を上げたわけでもないのに勝手に反転した視界が、空に占拠された。
すぐにドスンと鈍い衝撃があり、無様に尻餅をつく。
部活中のコートは常にかしましく、雑音に溢れているのに、その一瞬だけ静まり返った。
コートに居る全員の視線がひとつに集まる。
一瞬の静寂の後、堰を切ったような爆笑が起きた。
まるでお約束のオチがバシッと決まったときのような笑いの波紋が広がる。
それほど、見事なコケっぷりだった。
四天宝寺のバイブルが、コントのようにボールを踏んづけてコケた。
本人が一番驚いたのだ、咄嗟に両手をついてしまい、左手の包帯が少し汚れてしまった。
白石は呆然と座り込んだまま、笑いの渦の中でぼんやりと考える。
(笑かすのと笑われるのとはちゃう……)
まあでも笑ってもらえないよりはなんぼかマシか、と前向きに思い直し、立ち上がろうとしたそのとき、
「白石ぃ!」
すぐそばを竜巻のような風が通り抜けたかと思えば、まだ立ち上がってもいないのに、何故かふわりとした浮遊感に襲われた。
「え?」
次に、浮いた左半身にもの凄いGがかかった、ような気がした。
「ぎゃああああ!?」
無意識に悲鳴が迸り、グラリと傾いだ不安定さに、咄嗟に手近にあるものにしがみつく。
「アホ白石!苦しい!前見えん!」
「ギャ!」
脇腹に直接声が響きこそばゆくて、白石はしがみついた腕の力を緩めた。
下を向くと、金太郎が、走っている。
前が見えないと言う割に、その歩幅は緩まない。
どうやら自分がしがみついたのは金太郎の頭だったらしいということに、白石は思い至った。
金太郎は、軽々と白石を抱え持ち、一直線に走ってゆく。
(てか、どこに?)
「ちょっ金太郎!どこ行くん!?平気やから降ろしてや」
「保健室に決まっとるやろ、無理したらアカン!」
(保健室?けど、この方向は)
「ストップ!ストップ!金ちゃん止まれ!」
「何や」
辛うじて返事はするものの、金太郎の脚は止まらない。
「金太郎!逆や!逆!」
「ぎゃく?」
「保健室はあっちや!この先は体育館倉庫しかないやろ」
白石が金太郎の背後を指さしながらそう言えば、金太郎はやっと、キキッ!と急停止した。
そのわりに白石への衝撃はほとんどない。
(ほんま軟らかいバネしとる)
白石は身を持って改めて彼の天性の素質を思い知る。
「そやっけ?あっちか!」
金太郎は一度首を傾げて、それからクルリと反転してまた走り始める。
降ろしてくれる気はないらしい、と白石は若干遠い目になった。
来た道を戻れば自ずとテニスコートに戻ることになる。
「あ、戻ってきよった」
他人事のようなユウジの声がする。
「金太郎さん、校舎に着いたら右側よ」
小春が冷静に指示を出す。
(わかってるならもっと早よつっこめや)
白石が心の中で毒づく。
「右な!」
金太郎は返事をしながら脇目もふらず走る。
「もうええわ」
ポツリと呟いた白石に、金太郎がチラリと視線を寄越した。
「なにが?」
「なんでもあらへん」
(楽チンやし、さっきボールを踏んづけた時確かに一瞬足首が変な方向に曲がったから確認しておきたかったし、もうこのまま運ばれよう)
悪あがきを諦めて覚悟を決めた白石が、体に不自然に入っていた力を抜いた。
けれど、黙ってじっと運ばれるのは、どうにも居心地が悪すぎた。
白石は、沈黙と空気に耐え切れず、金太郎の腕の中で軽口を叩く。
「なんや倉庫に連れこまれるんか思おたわ」
ハハハと乾いた笑いで場を保たせようとしたが、金太郎はニコリともしない。
「あーそれもええなあ」
真顔でそう言った。
「え?」
至近距離で、白石が金太郎の顔をまじまじと見る。
金太郎は白石と目を合わせて、無邪気に笑った。
「ジョーダンや」
昇降口を上がり靴を脱いだ金太郎は、迷わず左に曲がる。
応接室、校長室、会議室を過ぎ、職員室の長い壁の半分くらいに来て、ぼけっとしていた白石がようやく我に返った。
「き、金ちゃん!逆!」
走っているのは金太郎なのに、いまはきっとただ運ばれているだけの白石の方が心臓をばくばくいわせていた。
2009-09-25
OVAナニワの王子様後篇 発売記念
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@夏にとても可愛い金蔵姫だっこスケブを描いてもらった
A舞台の上で師範に姫だっこされた小春が羨まし過ぎた
BOVAの金ちゃんがなんか色々私のイメージを凌駕していた
カッとなってやった。
アニメ金ちゃんは、ゴンタクレの方向が原作の斜め上をいってる気がしてなりません。どっちの金ちゃんも大好きです!