遠くから見ると華やかなピンクの樹は、間近で見たらピンクではなく白い花びらに覆われていた。
「なんや白い!」
満開の桜の大木の中に、金太郎は居た。
そこに至る課程は、通常「木登り」と聞いてイメージする作業とは一線を画す。
樹に向かい軽く助走をつけてまず一跳び、跳んだ先の幹を思い切り蹴って加速させた勢いでさらに上へ跳ぶ。
太めの枝に掴まり鉄棒の要領でくるりと回転し、あっと言う間に花をつけた枝の間に着地した。
満開の桜にテンションが上がって登ってみた、きっとあの中はピンクでふかふかしてるに違いない、そう思ってたのに。
「もっとハデな花やと思っとった」
花の中で金太郎がぽつりと呟く。
呟いてから、首を傾げた。
意外なこの色は、なんだかとても落ち着く。
「なんでやろ?」
金太郎は、枝の上であぐらをかき胸の前で腕を組んで考えた。
ふいに穏やかな風が吹き抜け、サアアっと音をたてて枝がそよぐ。
舞い踊る花びらの一枚一枚を無意識に動くものを追ってしまう動体視力がすべて捉えた。
「あ」
ふわりと鼻先を掠めた花びらに、ひらめいた。
この柔らかい白は知ってる。
背中に飛びつけば視界を覆う色、利き手の半分を包む包帯の色。
派手な見かけによらず、基本に忠実な柔らかいテニスをする腕の色。
こっちへ近づいて来る足音に、金太郎は反射的に樹の下を見下ろした。
満開の花が視界を遮り、いま居る位置からは地面がほとんど見えない。
見慣れたジャージを纏った脚が真下で止まったのが辛うじて見えた。
四天宝寺が誇る壮観な桜並木の中で、彼は迷わずその樹に近づいた。
「金ちゃん、降りといで」
2009-04-01
金蔵 春