八月最後の日、昨日まではまるで秋のような気配が漂っていたのに。
うって変わって今日は、真夏の太陽が戻ってきていた。
太陽が我に返り今が夏であることを思い出したかのように、夏の残滓を振り絞っていた。
炎天下のコートで試合や練習をするよりも、自室でじっとしているほうが暑く感じるというのは、なんとも不思議な話だ。
脳みそが溶けそうだ、と大げさでなくそう思う。
部屋には、エアコンがある。
けれど、一人で部屋に居るときに、それが稼働していることは滅多にない。
自分でクーラーをつけるのは、なんだか何かに負ける気がして嫌だった。
クーラーの風は体に良くないし、と負け惜しみのように聞こえて半分以上が本音の理由を掲げ、ベランダに向いた大きな窓を開け放つ。
けれど、全開に開けた窓から入ってくるのは、清涼な風ではなく暑さに拍車を掛けるツクツクボーシの声。
「暑っついなあ……」
ぼやいて、片手に持った氷菓に歯を立てた。
「しーらーいーしー!」
聞き慣れたでっかい声がご近所に響き渡った。
これが夜なら叱るところだが、真っ昼間だったし、最後の力を振り絞っているのかやけくそのように鳴いている蝉の声とさほど変わらない音量のような気がしたので放っておくことにする。
外から呼ばれて、ぐったりとベッドに寄りかかって座っていた姿勢を反射的に正す。外面が良く見栄っ張りな己を自覚していたが、十五年培ってきた性分なのだから仕方ない。
シャキッと立ち上がり姿勢良く歩いて窓に近づく。
こないだ、謙也がうちに来たときの話をしていたら、急に金太郎が暴れ出した。
「白石の家!ワイも行きたい!」
そんなことを言い出すとは思っていなかったから、驚いた。
「ええけど……?」
家に来て遊ぶ金太郎、というのがどうにも想像できなくて、つい語尾が曖昧になる。
例えば謙也なら、うちに来たらゲームをして雑誌を読んでクラスの話をして部活の話をしてなんとはなしに時間が経って日が暮れる。
でも、金太郎がゲームをするのも雑誌を読むのもダラッとどうでもいい話をするのも、ちっとも想像つかない。
そもそも家の中でじっとしているということ自体が、およそ金太郎のイメージと掛け離れているのだ。
それでも来たいと言うのを断る理由はないから、うちで遊ぶ約束をした。
「いらっしゃい、金ちゃん。玄関開いてんで」
自室の窓からベランダに出て身を乗り出し、空いてる方の手で玄関の位置を示した。白い包帯に太陽が照り返して眩しい。
「あーーー!白石!」
下から声のした場所を見上げた金太郎は、さらに大きな声を出して指をさした。
「ガリガリ食うてる!!」
バタンドタン!と声以上に騒がしい音をたてて玄関から入った金太郎が近づいて来る。
来たことないはずの家の中を、しかしその足取りは迷いなく一直線に近づいてくるから野生児は怖い。
風を通すために開けておいた部屋のドアの前に金太郎が現れるのに、そう時間はかからなかった。
「ワイには!?」
金太郎は、開口一番そう言った。
その視線は一直線に水色のアイスへ注がれている。
つられて自分の右手を見れば、残った最後の一口が棒からずり落ちてしまいそうになっていた。
慌ててそれを口に入れる。
「金ちゃんのは冷……」
冷凍庫にあんで、と続けようとして続けられず、ギョッとする。
部屋に入ったところで、金太郎が思いきり床を蹴ったのを見てしまった。
頭の中に床のフローリングと跳んだ金太郎が交互によぎり、咄嗟の判断に迫られる。
あっと言う間に視界いっぱいに広がった金太郎を避ける、という選択肢はなかった。
白石めがけて跳んだ金太郎は、目測通りに目標の真上に落ちる。
落ちてきた金太郎を受け止めて、無理して踏ん張るよりも膝を折って後ろに倒れた方がうまく勢いを逃がせると判断し、わざと尻餅をついた。
しっかりと受け身を取るには体勢が悪く、床でしこたま打ったケツに激痛が走る。
「イ……」
自然と漏れた悲鳴は、何故か目の前でパカリと開いた金太郎の口の中に飲み込まれた。
「むぐ……?」
何が起こったのか、わからない。
確かなのは、上に乗っかる金太郎の重みと、ケツの痛みと、唇の痛みと、混乱してチカチカした視界。
一時的に色彩感覚のおかしくなった視界に、半身を起こした金太郎の顔が大写しになる。
「き、」
とりあえず、何事かと問いかけようとした同じタイミングで、金太郎が口を開いた。
「んまいー!ガリガリくんは鉄板やなあ!」
よく見れば、金太郎は口をもぐもぐと動かしていた。
金太郎の言葉と動作と、さっき口の中に入れたはずのアイスがなくなっている事実を合わせれば、自ずといま一体何が起きたのかの答えが出る。
カッと頭に血が上った。
「金太郎!」
まだ膝の上に跨ったままの頭の上に、ガンっと容赦なく左腕を振り下ろす。これくらいしても許されるだろう。
「イッタあ!」
頭にチョップを落とされた金太郎は素直に悲鳴を上げた。
「こっちのセリフや!何するん!?」
百人が聞いて百人が納得するであろう反論を当然のごとく張る。
「せやかて最後の一口がうまいんや」
残念ながら、百人の内に金太郎は収まらない。
「あんなあ、金ちゃん……」
ため息混じりに呼べば、無邪気な表情が返事を寄越した。
「ん?」
まるでなんで怒られてるのかわからない猫のように、じっとこちらを大きな目で見つめる。
「……こんなん誰にでもやったらあかんで」
チョップ入れたし、終わったことよりも、今後の予防線を張っておこうと思った。
「誰にでもなんてやらんで」
真っ直ぐに白石を見つめたまま、金太郎が告げた言葉は、やっと落ち着きつつあった白石の混乱を再発させた。
「白石にしかやらん」
八重歯を見せて金太郎が笑う。
猫の八重歯は、いずれライオンの牙に成長する。
「はあ、それならええわ」
自分で言って、白石は首を傾げた。いいんだっけ……?
2009-08-31
金蔵(に飢え過ぎて自給自足の)夏
こぼれ話
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ベッタベタな王道ラブBLが好きですv 金蔵が増えますように!