「金太郎!まだ食べるん!?やめとき!腹こわすで!」
ちょっと目を離した隙に、金太郎は二つ目のアイスを出してきていて、まさにいまその包装を開けるところだった。
「いーやーや!まだ食べたい!」
ごねる金太郎から、すかさずアイスを取り上げる。
「あかん!アイスは一日一個までや」
そう言って我ながら、オカンか…と思う。
「内側から体を冷やしすぎるんは健康に良くないんやで」
なんとか部長らしいことを言おうと付け加えてみたが、部長ってこうで合ってるっけ?

それにしても、金太郎のオカンは凄い、と常々思っていることを改めて思った。
どういう子育てをすればこういう子供になるのだろう。決して悪い意味ではなく、そう思う。
確かに自由すぎるゴンタクレを抑えるのは骨が折れるが、金太郎の奔放さも素直さも強さも群を抜いて飛び抜けていて他者の追随を許さない。
遠山家の子育ては正しい。ゴンタクレへの対処術も含め、後学のために是非お話を伺いたい。
ちらりと部屋の隅に置かれたかばんに視線を遣る。
今日は持ってきてるやんな、と目を細めた。中にいつもの巾着を入れているのだろう、ラケットのグリップが飛び出していた。
あのかばんの中には、千円札が縫いつけられているそうだ。いつか金太郎が話していた。
母親は子供が迷子になったときの心配も欠かさない。

「そういや、金ちゃんよう迷わんとここまで来れたなあ」
ふと、ここへ金太郎が迷いも寄り道もせず辿り着いたという奇跡に思い至る。
どこかで待ち合わせをして迎えに出ようと思っていたのだが、一人で来れると言い張る金太郎に、手書きの地図を渡したのだった。
「せやろ、パーフェクトな地図やったやろ?」
金太郎でも迷わない完璧な地図だったと、自画自賛すれば、取り上げられたアイスを未練たっぷりに見ていた視線が上がった。
「地図?白石が居そうな方向に来たら着いたで」

けろりと言うその内容を、面白い冗談だと笑い飛ばすことができないのが金太郎だ。
もしも謙也が言ったなら、爆笑必至の好プレーなのだが。
たとえ千歳が言ったとしても、笑いながらアホぬかせ、と答えることができるのに、金太郎には言えない。
結果、黙り込むというツッコミとして絶対にやってはいけない失態を演じることになる。

とにかく何か言わなくてはと藻掻くが、焦りが先走り言葉が纏まらない。
背中からスッと汗が引き、外気は変わらず温いのに、寒気を覚える。
アイスを持ったままの指先がどんどん冷たくなっていく。
それなのに、頭だけが熱い。
ぐるぐるとただ巡る思考は形を持たず、言葉として捉えることのできぬまま暴走を続ける。

つと、金太郎が白石の顔を覗き込んで首を傾げた。
「白石?めっちゃ顔赤いで?」

ああ、脳みそ溶けそうや。






2009-08-31
金蔵 夏