*オリキャラ女子の名前が出てきます



カレンダーには黒い数字と青い数字と赤い数字が並んでいる。大昔から決まりきった法則から決して外れることなく整然と並んでいる。
ただそれだけだ。
日々は戻ることなく確実に過ぎていくし、人はその繰り返しを恙なくこなしていく。
でも、その羅列の中に「特別な日」があるっていう。
そんなもの、あるわけないのに。
そんなもの、あるわけないけれど、キミがそれを「特別」だと言うのなら、ボクの願いを聞いてくれるかい。


チャイムと同時にキミのいる教室へ飛び込む。
「南!!聞いて聞いて!!室町くんがCD買ってくれるって!ほら、こないだ欲しいって言ったやつ。ラッキーィ」
呼ばれて振り返るキミの嫌そうな表情が気に入っている。
「……そりゃ、良かったな。いちいち報告しに来んなよ」
うんざりという心情を隠しもせず、そのまま声音に乗せる正直さも気に入っている。
次の言葉を発する前に、廊下からの南を呼ぶ声に遮られた。
「おーい、南。部活行くだろ?」
おのれ、東方。馬に蹴られてしまえ。
「あれ、千石。この時間にここにいるの珍しいな」
「ああ、まあね。そうだ!東方は、ラケット買ってくれるんだよね?」
「はぁ!?おまえ、ガットだろ。なんで、話が10倍になってんだよ!!」
「え!なんだよ、東方もかよ…」
南は、信じてた親友にまで裏切られたという表情をする。間に挟まれた東方は、狼狽える。
「えっ。なんの話だ?千石の誕生日の話題だよな?間違ってないよな?」
よし、これで8人目かな。
まあ、1週間ほとんど同じ会話をしてれば、いくら南だってうんざりするよな。
1日1人の予定だったのに、東方のせいで、ズレちゃったじゃん。
ま、いっか。油断してた南の不意を衝けたし。その点では、東方っていう人選は一番効果的だった。
これでさっきのはチャラにしてあげよう。
「オレってば、心が寛い」
独り言は独り言らしく、取り合われずに、教室のざわめきの中へ消えた。

南は律儀だから、もうすぐ誕生日だって言ったら、何かくれるって言う。
何でも良いよって言ったら、少し困った顔をした。
南の考えつく、オレのことなんて、たかが知れてる。
全部先回りしたら、その分、オレのことを考える時間が長くなるでしょ。
南なんて、オレのことばっかり、考えてればいいのに。
「特別」って、きっと、この程度のわがままなら、つき合わせてもいいってこと。


時間は止まりも戻りもしないから、オレの「特別な日」は、着々と終わりに近づいていた。そんなものに未練なんてないけれど。
ただ、毎日キミの教室へ通っていた口実がなくなってしまう。それだけはちょっと惜しいかな。

立ち入り禁止になっている屋上からの階段を降りる。
(お、あそこにいるのは……)
廊下に延々と並ぶ教室のドアのひとつから、半身はみ出ているトンガリ頭を見つけた。
誰かと話してるみたいだ。
あの髪型は、目立つよなあ。地味とか言ったの誰だよ。本質をついているとは思うけど。
(深いな)
そんなふうにぼんやりと自画自賛していたら、視界の中心で南が笑った。

あ!!

なに、いまの表情!?
あんな表情、見たことない!!
話が終わったのか、南の脇を抜けて、小柄な女の子が教室から出てくる。
挨拶でもしているのだろう、反転した南がその子に声を掛けた。こちらに背中を向けられて、もうその表情は見えない。
彼女は知っている。南のクラスで一番可愛いクラス委員。

階段の最後の一段、目測を誤り、踏み外した。

腹の内がスッと冷たくなるのを自覚する。
ドロリとした感情が吹き出す。なんとか内に留めようと、そのまま蹲った。

見ないで。オレ以外を。
話さないで。オレ以外と。
笑わないで。オレ以外に。

笑わないで!!


胸が痛い。
ズキズキする。
胸の痛みが脳に至り、頭の中でこだまする。

ズキズキズキズキズキズキズキ


「おい、千石!?大丈夫か?具合でも悪いのか?」
頭の上で、いま一番聞きたくない声がした。
ああ、もう。タイミング悪いなあ。
見つけて欲しくないときに限って、必ず、見つけてくれる。そんなところが素晴らしく南で、思わず笑ってしまう。
「保健室行くか?」
「いや、大丈夫。もう、授業始まるし。ほら、教室戻らないと!」
そう言って歩き出す。
具合が悪いわけじゃない。大丈夫だよ。
顔は見れなかった。
南のクラスよりも教室ふたつ分遠い、オレのクラス。辿り着いて、ドアに手を掛けたところで、呼び止められた。
「待て!千石。やっぱり、保健室だ!行くぞ」
振り返れば、すぐ後ろに南がいて、そんなことにも気付かなかった自分の余裕のなさを突きつけられた。
一瞬見せてしまった隙に、腕を捕まれ、引っ張られる。
南は、たまにもの凄く強引な時がある。本当に譲れないことがあるとき。
上手くごまかせたつもりだったのに。オレ、そんなにヒドイ顔してたのかな。
でも、今は、ダメだ。一緒にはいられない。
「待って、南!ほんとうに、具合悪くなんてないから!何でもない。大丈夫だって!」
「うるさい、行くんだ!」
……「行くんだ」って。そんな、子供みたいに。
ダメだ。南の手は、振り払えない。
(ごめんね、)
きっと、オレはいつかキミを傷つける。いま、優しくできる自信がない。
せめて、キミの気が済むまでつき合うよ。その間、口を開かないように努力する。


保健室のドアには校医不在の札。
とことんツイてない。どうした、ラッキー千石。
中に入ると、南はやっとオレの腕を放した。椅子を指さして、言う。
「そこに座れ。脚を出せ」
脚?なんで?脚なんて痛くない。
痛いのは、胸だよ。
南の言うことの意味が分からなかったけれど、問い返す気力はなかった。
何も言わないでいると、南は、戸棚に向かってしまう。
仕方がないから、椅子に座って待つ。

戸棚を開けて、中を物色している南が向こうを向いたまま、話し出す。
「そういえば、さっき吉川が、」
……いま一番聞きたくない名前
南のタイミングの悪さもここまで来ると、いっそ誉めたくなる。ある種の才能だよな。
人が考えないようにしてるのに。わざわざ掘り返すことないじゃん。ただでさえ、考えるな、なんてほうが無理なのに。
南の無意識の無神経さがトゲになって、刺さる。

「聞いてるか?」
気づくと、南が訝しげにこちらを見ていた。
「え?」
聞きたくない、が本音。
「だから、吉川がおまえの話してたぞ」

オレの話?

「は?」
「お誕生日おめでとうって。あと、Jr.選抜のことも言ってたな。凄いって。これからも頑張れだとさ」
「なんで、そんなこと南に言うの?」
いままで感じていたのとは、種類の違う不快感が湧き上がる。
「なんでって。おまえを捜したけど、見つからなかったって言ってたぞ」
ちょっと、待て。そんなことよりも。
ってことは。
蓋をした記憶をもう一度、頭の中で再現する。さっきまでは、疎ましかった己の動体視力に今度は感謝した。

確か、南は、何かを言った後、あの表情をした。

「南は?そのとき南は何て言ったの?」
「俺?いや、別になにも」
「ウソだ!何か言ってたじゃん!思い出してよ!」
「え?見てたのか?なんか言ったっけ?」
南は、しばらく考える素振りを見せる。
「わかった、とか?ああ、直接言ってやってくれ、って言っておいた」
言いながら開けた引き出しを閉め、戸棚の対角線上にある冷蔵庫まで歩き、そのドアを開ける。
「それだけ?」
「あ、あと、千石の好きなものってなに、って訊かれた」
女の子ってすごい。南に訊くか、それを。南が答えられるとでも思ってるのかな。
「南、オレの好きなもの知ってるの?」

あ、

「テニスだろ」
南は、さも当然、というようにそう言いながら、オレの見たかったあの表情で笑った。

「ぅははははははは!!」
人間って、究極に感情がブレたときには、泣くか笑うからしい。
思わず爆笑したオレを南が睨む。
お陰で、あの表情はすぐに消えてしまった。
ああ、もったいなかったな。
「おまえら、なんなんだよ。ほんと失礼な奴だな」
「あははははは!だって!!……ん?おまえら?」
「さっき、吉川にも大笑いされた。そんなに変なこと言ったか?」
(!)
やっぱり、女の子ってすごい。前言撤回、甘かったのは、オレのほう。
しつこく笑い続けるオレに、南は心外そうに顔を顰める。
「泣くほど笑うか?」
一度堰を切った笑いは止まらず、我ながら、ほんとうにバカみたいだけど。
泣きそうなほど、嬉しかったんだ。

「もう、いい。ほら、脚出せ」
「あし?」
目の前に来た南がオレの脚を無理矢理持ち上げた。
「イタッ!!?イタタタタタ!!痛い!!」
「そりゃ、痛いよ。これだけ腫れてりゃ。全く気をつけろよな」
ババッと上履きを脱がされ、靴下を剥ぎ取られた左足首が赤くなっている。ゲンキンなオレの感覚は視覚で確認した途端に、鈍い痛みを感じた。
「ほんとだ。南、イタイ!」
「ほんとだって……、気がつかなかったのか?おまえ、変な歩き方してたぞ」
手際よく、湿布を貼られ、包帯を巻かれる。
こういうところは、器用だよな。

そうか。痛かったのは、足か。
でも、胸が痛かったのもウソじゃない。
ウソじゃないんだ。

さっきとは、違う痛みを訴える胸に手をやる。
包帯の後始末をしていた南が振り向いた。
「それでな、あの、誕生日プレゼントのことだけど…」
「え!なになに!?南くんは、何をくれるのかな!」
嘘だよ。もう、いらない。ほしいものは、もう、もらった。
ちょっと不安そうな表情を見せた南が何か言おうとして、口を閉じた。
「いや、やっぱり、いい。そうだ、今日の放課後は、消えるなよ。室町がおまえのために用意してたから。いいな!」
「ふーん。そのとき、南もプレゼントくれるんだ?楽しみにしてるよ!」
「ああ、まあな…」
南が目を逸らしたけど、そんなことくらいじゃ、いまのオレはダメージを受けない。
「さてと、授業に行くか。おまえは?痛いなら、寝てたほうがいいぞ」
「いや、授業出るよ」
南が目を見開いて、こっちを見る。
「あ、傷つくなあ、その反応。オレがせっかく真面目に授業に出ようって言ってるのに」
「あ、いや、悪い」
そこで、謝っちゃうのが南だね。
午後のベッドは、とても魅力的だけど、いまのオレにはちょっと危険だ。
「さ、行こ!!」
南の応急処置は完璧で、少し歩いたくらいじゃ痛みは感じない。
それ以上に、胸の痛みの応急処置のほうが効果絶大だったけど。
オレは、入ったときとは、180度転換した気持ちで、足取りも軽く保健室を後にした。

授業中の静まりかえった廊下をふたりで歩く。そんな時間があまりに、幸せで。
やっぱり、バカみたいだ、と思う。
オレのクラスの前で、手を挙げて、南と別れる。
ふと、その腕をまた捕まれて、引き寄せられた耳元、低めた声で吹き込まれた。

「誕生日、おめでとう!放課後、忘れるなよ!じゃあな」
それだけ言って、パッと離れた南は、もう歩き出していた。

ああ、もう。
キミは、ぼくをどれだけ幸せにしてくれるんだろう。

ああ、「特別」っていうのは、こういうことか。
いつもよりちょっと多く幸せをもらえる日。

気を抜くと笑ってしまう口元を必死に引き締めて、教室のドアを開けた。






HAPPY BIRTHDAY!! dear 千石清純
2003-11-25



放課後、手渡されたものに、トドメをさされたのは、オレだけの秘密。
悔しいから、教えてなんかやらない。
7月、おぼえてろ。