「南ー!!」
息せき切って駆け込んだ部室。南は、椅子に座って何か書き物をしていた。
今日の部活は午後からで、まだ集合時間までには時間があった。
それでも南は、あたりまえのようにそこに居て、着替えさえ既に済ませていた。
「おい、ちゃんとドア閉めろよ」
勢いよく開け放ったままの扉を見て、南が顔を顰める。
オレはそれを無視して、南に詰め寄った。それどころじゃない。
「て、転校するってほんとっ!!?」
焦りすぎて、声量をうまく調節できなかった。間近で大声を出されて南が驚いた表情をする。
そのまま、ウンともスンとも言わない南の腕を急かすように強く握る。
息ができなくて、苦しい。
早く沈黙を破りたくて、先を促したくてしょうがないのに、息の仕方を忘れてしまったかのように、うまく呼吸ができない。
もどかしく、ただ力を入れた手と睨みつけた視線だけで南を追い立てる。
その思いが通じたのか、やっと南が長い沈黙に終止符を打った。
「……嘘だろ」
「はあ!?」「痛えよ」
南とオレの声が重なる。その上、頭が混乱していて、南が何を言ったのかわからない。
「痛いって」
繰り返された言葉に我に返った。
無意識にさらに力を入れてしまっていた手を、ようやく届いた南の声に弾かれて離す。
「あ、ごめっ」
南は、オレから視線を外さないまま、解放された腕をさすった。
「明らかに嘘だろ、なんでそんなの信じるんだよ?誰に聞いたんだ?」
南の目が呆れていた。この表情はよく知っている。
「……亜久津」
誤魔化すような余力もなく、必要も感じなかったから、素直に答えた。
「亜久津?学校来てるのか?へえ、珍しいな」
南は見当違いな感心をする。それが返って、オレの頭を冷やした。
「だって、亜久津がそんな嘘ついたってしょうがないじゃん!」
そう言えば、南は、はっきりそれとわかる苦笑を浮かべた。
「お前、今日何日か知らないのか?」
「へ?」
言葉の意味が分からず、そんな単純な質問に少し考え込む。
そんなことが今何の関係があるのか。煙に巻くような南の言葉に苛立つ。頭がうまく働かない。
「何日って。3月、じゃないか。4月……アアアッ!!」
それこそが正に核心だった。
春うららの春休み。曜日感覚もなければ、日付なんて数えていない。
まさかこんな落とし穴があるとは。
まさか亜久津がこんなイベントに乗っかるとは。
(誰だよ、こんなくだらない日作ったの!!)
八つ当たりのようで、実は、至極正当な怒りを見知らぬ誰かへぶつける。
この場合、誰に対して腹を立てるのが正しいのかと突き詰めれば、きっとそれは、こんなイベントを制定したどっかの誰かへ、が正解。
けれど、それでこのやり場のない怒りが紛れるはずもなく。
亜久津は今ここにいない。
となると。
オレは、南に視線を戻す。
南は話は終わったとばかりに、中断していた作業を続けていた。
機械的に手を動かす南に腹が立つ。
これは明らかに八つ当たりだったが、そんなの知ったことか。
下を向いている南を呼び、顔を上げさせる。
「南」
「うん?」
律儀に顔を上げた南の顔半分を覆っているマスクを下へズラす。
南に反応する間を与えず、そのまま思い切り彼の鼻をつまんだ。
「っ!!おまっ…!…ふえっ!」
それから、素早く踵を返し、一目散に外へ出た。
重い花粉症の南が、こないだポロリと言ったことを思い出していた。
曰く、「いま鼻つままれたりしたら、粘膜擦れてくしゃみ止まんねーよ、絶対」
なるほど。その考察は正しかったよ、南。
きっと南もその結果を身をもって知れて本望だろう。
よし、次は亜久津だ。
南の止まらないくしゃみを扉の向こうに閉じこめて、オレは復讐へ向かう。
ウソにだって、ついていいウソとついちゃいけないウソがある。
少し余裕の生まれた今、亜久津のウソの意味を考えていた。
そんなに親しいわけじゃない亜久津まで、どこを突けばオレが揺らぐのか知っていた。
オレって、そんなに分かりやすいのかな。
それなのに、なんで南には分からないんだろう。
(こうなったら、とことん愚痴をこぼしてやる!)
亜久津への制裁を誓い、オレはその居場所を知らせる狼煙を見付けるために、じっと目を凝らした。
2005-04-01
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しつこく南花粉症ネタで。
ネタ提供ありがとう!(笑)花粉症お大事に!>私信
4月に亜久津ネタとか、時系列については、突っ込まないで下さい。
まだテニス部じゃなくとも、うっすら友達だったらいいなーなんて…夢をみた。