南とケンカをした。
ケンカっていうか、いつものように、オレが一方的に啖呵を切ってきただけだけど。
だって、南が悪い。
東方の話はちゃんと聞くくせに、先に話してたオレの話は聞き流すなんて。
大事な話だったのに。
ムカついて発作的に部室を飛び出したけど、いま、猛烈に後悔している。

いつものことだけど。
いまは、時期が悪すぎる。

ため息をつきながら、自分の捨て台詞を思い出して凹んだ。いくつだよ、オレ。
部室のドアが閉まる寸前、チラリと見えた南の呆れ顔が脳裏をよぎる。
どうにか今日中に謝らないと。
捨て台詞の直前、勢いに任せて余計なことをやたらと言った気がする。
オレは、後悔以上に焦っていた。

それなのに、何故か今日は南が捕まらない。
朝から何度も南の教室に行ってるのに、その度に南は居ない。
とうとう部活の時間になってしまった。
教室で捕まえるのを諦めて、オレはいつになく早く部室へと向かった。部室には一番最初に南が来るはずだ。
部室へ向かうあいだ、思考はどうしても後ろ向きになる。
怒ってるのかな。南だって、怒るよな。
それとも、避けられてるのかな。
それは……キツイな。そう考えただけで心臓が縮まる。

一番乗りで着いた部室のドアの右下を蹴りあげる。ガタのきている古いドアは、コツさえ掴めば鍵がなくても開けられた。
なるべく何も考えないようにして、南が来るのを待つ。
間もなく足音が近づき、ドアが軋んだ。
顔を上げると、入り口の逆光を背負って待っていたのとは違うずいぶんと小さなシルエットが佇んでいた。
「わわ!千石先輩!こんにちはです!早いですね!」
「……やあ、壇くん」
落胆は顔に出さず、なんとか挨拶を返せた。
壇は部室の鍵を持っていた。それは南に託されたものだろうか。
なんで南は来ないのだろう。
壇に訊けば分かるのかもしれなかったが、なんとなく訊くことは憚られた。
独占欲へと通じる見栄ゆえに。
黙ったまま着替えもしないオレを不審に思ったのか、壇がこちらを見る。ニコリと笑って話し掛けられた。
「明日は南部長のお誕生日ですね。千石先輩は何をあげるんですか?」

「………」

壇くん、無邪気と無神経は紙一重だよ。
悪気がないからといって、全てが許されるわけがない。
けれどこの場合、壇の笑顔に罪はなく、明らかな八つ当たりだということは自覚できていた。それでもまた大人気なく怒鳴ってしまいそうで必死に自分を諫めた。
昨日の反省を生かしどうにか衝動をやり過ごすと、一息つく。とりあえずいまのは聞こえなかった振りをしよう。
再び部室のドアが開いた。
反射的に振り向くと、そこには室町がいた。
「……チーッス、千石さん。珍しいですね」
「やあ、室町くん…」
今度は我ながら力ない声が出た。
「南部長は、今日部長会ですよ」
室町がロッカーへ短い距離を歩きながら、とても重要なことを言う。
「へ!?」
「今日は部長会が長引きそうだから、部活には来れないって言ってましたよ」
部長会……。そういえば、そんなものもあったな。
「そうなんだ?サンキュー!室町くん!」
そうと聞けばここに用はない。バッと立ち上がりドアを開けたところで、ちょうど外にいた長身に首根っこをつかまれた。
「みな……!」
「南じゃなくて悪かったな。どこ行くんだ千石?」
「げ、東方…」

そのまま捕獲されたオレは、結局逃げられず、おとなしく部活に参加した。
南なら遅くなっても部長会が終われば、部活に顔を出すと思ってたんだ。それなのに、南が姿を見せないまま部活は終了し、ついに撤収まで終わってしまった。
しかたなく、東方に訊いてみる。
「南は!?なんで、来ないの!?」
「なんか用事があるから部長会終わったら、今日は真っ直ぐ帰るって伴爺に言ってたぞ」
「はあ!?」
今日は、天中殺か。
「なんでそういうこともっと早く言わないの!!」
とりあえずやり場のない苛立ちを東方へぶつけるが、のらりとかわされてしまう。
「言ったら、おまえ逃げるだろ」
くそう!かわいくない!

ああ、どうしよう。
今日のチャンスを全部逃してしまった。
家に押しかけるようなことでもないし。さすがにそれは迷惑だよな。
……電話、にするか。
やむをえず、オレは最後の手段を選んだ。



何かを待っている時って、なんでこんなに時間が経つのが遅いんだろう。
それでも我慢して、やっと迎えた午前0時。
10分前から用意していた携帯電話の液晶に表示された文字を確認して通話ボタンを押す。
すぐに呼び出し音が響き、その瞬間は、永遠のように感じた。
長いコール音を聞きながら、また最悪な可能性が脳裏を掠めた。

避けられてるのかな。

向こうの携帯のディスプレイには、オレの名前が出ているはずだ。
このまま繋がらないまま、コール音が消えてしまったら、どうしよう。
何かを待つのって性に合わない。昨日から、待ってばかりいる。
不安になって、自然消滅するくらいなら自分の手で切ってしまおうか、そう考えた時、プツリとコール音が途絶えた。
途絶えたけれど、聞こえるはずの声が聞こえない。

………

切れてしまったのかと慌てて確認すると、液晶には通話時間が刻々と加算されていく。
電話は繋がっていた。
永い沈黙のあと、ずっと聞きたかった声が聞こえた。

「……はい」

声が掠れてる。
「もしもし!南?寝てた?」
「…うー……」
はっきりとしない返答が返ってきたが、その答えに、心の底から安心した。
「南!南!!」
嬉しくて、声が弾む。
「南!誕生日おめでとう!!」
「……」
まだ覚醒しきっていないようで、反応は鈍い。
「……千石かあ?」
「そうだよ!誕生日おめでとう!」
もう一度言うと、電話口からごそごそという物音が聞こえた。
南が起きるのを待つ。
さっきまでの不安は消え、電波が繋がっているだけで待つことも楽しかった。
きっと南はいま時計を見て、カレンダーを確認して、ベッドの上に起きあがった。
「おまえ、何時だと思ってんだよ。こんな時間に」
声がだいぶはっきりとしてきた。
「0時だよ!3日になった!おめでとう!一番乗りでしょ?」
「……ありがとう」
呆れていると、声が物語っていた。
「南好きだよ」
意識がはっきりしてない時に刷り込めば、睡眠学習のような効果を発揮しないかと言ってみる。
「……おまえ、俺とはもう口きかない、とか言ってなかったか?」
わあ。嫌なこと覚えてるな、寝起きのくせに。
「そんなこと言ったっけ?」
バツが悪くて惚けてみる。
「言った。じゃあな、切るからな」
「うわあ!!嘘!ウソ!ゴメン!謝ろうと思って電話かけたんだ!ごめんね、南!」
「あんぽんたんとは、口きかないんだろ」
南は、珍しく根に持ったようにそんなことを言う。やっぱり怒ってるのかもしれない。
けれど、それがなんだか嬉しかった。
南が怒るのは、珍しい。
オレの言葉が彼を揺さぶったことに、少しの優越感を感じた。
思考のひずみがなかなか抜けない。
「ゴメンてば。ひどいこと言ってごめんね」
「まあ、いいや。それで?今日は何時にするか決めたのか?」
南は、あっさりと話題を変えた。
「は?何が?」
咄嗟に意味が分からず、聞き返す。
「部活前にどっか行きたいから付き合えって言ってただろ」
「聞いてたの!?」
絶対聞いてないと思ってたのに。
南を見くびっていた。
ていうか、それならオレは何のために怒ったのか、わからないじゃないか。
「はあ?だっておまえ目の前で言ってただろ。独り言にしてはでかかったぞ」
そうか、それが南だ。
「うん。南、どこに行きたい?」
「え?どっか行きたいとこがあるんじゃないのか?」
「いいの、南どこ行きたい?」
オレは南に貰いすぎだ。今日くらい南に何かあげたい。
電話の向こうで急な質問にも律儀に考え込むキミが愛おしい。
答えを待つあいだ、オレはキミに何をあげられるか、考えよう。
とりあえず、手始めに。誰にも負けない愛と、祝福を。
愛しいキミへ。



HAPPY BIRTHDAY!! dear 南健太郎
2004-07-03







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南誕生日おめでとう〜!今年も祝えて幸せです!