寒がりだと公言して憚らない彼は、けれど、馬鹿みたいな薄着で真冬の街を闊歩する。
そういうところが理解できない。
「さむい!さむーい!南、さむい!」
「とりあえずコート着ろよ。何回言わすんだ」
となりを歩く千石は、白ランの上に何も着ていない。
ポケットに手を入れて騒々しく歩いていた。
「ねえ南、冬がなんで寒いのか知ってる?」
「はあ?」
人の話を聞いているのかいないのか、千石の切り返しは唐突でついていくのに苦労する。
意図の掴めない質問にしばらく考え込むが、いい答えは浮かばなかった。
千石はただ黙って待っている。
「さあ?西高東低の気圧配置のせいじゃないか?」
千石は、正とも否とも言わず笑った。
「うん、南らしい」
昔は馬鹿にされてると思っていた千石のこういう物言いも、今では言葉の意味以上の含みなどないということを知っている。
「で?」
知ってるか、と訊くのだから当然正解があるのだろうと先を促す。
「冬が寒いのは、当たり前のことを忘れないようにするためだよ」
真顔で千石が言う。
言葉の意味がわからなかった。
次の瞬間、くるりと表情を変えた千石が道を塞ぐように立ち止まった。
「うお!」
急な停止に対応できず、ぶつかる寸前、至近距離でつんのめるように脚を止める。
ぶつからないようにと、取られた意識をぐいと戻すように、伸びてきた両手で頬を挟まれた。
同時に上がった視線の先でいたずらっぽく笑う千石の目と出会う。
「ほら、人肌ってあったかいでしょ」
千石が手袋をしているはずもなく、けれど、その素手は外気に反して確かに暖かい。
「忘れないでね、南」
じっと目を覗きこむようにしてそう言う千石の言葉の意味は、やっぱりよくわからない。
千石には、本当に伝えたいことほど婉曲に話す悪い癖がある。
けれど、こういう時何が言いたいんだと問いつめたとしても、ひょいと躱されてしまう。
だから、考えなくちゃならなくなる。
考えて正しい答えが出た試しなどないのだけど。
千石が何を伝えたいのか、それは、とても大事なことのように思えた。
手を離して反転した千石が再び歩き出す。
行動は理解できないし、言ってることはわからないし、千石には振り回されてばかりだけど。
寒がりな彼の、暖かい手は嫌いじゃない、
その手が離れていくとき、そう思った。
HAPPY BIRTHDAY!! dear 千石清純
2006-11-25(微加筆修正)
初出:2006.02.26.(メロメロ千南会 ミニブック)