★「新テニスの王子様」連載開始カウントダウンアップ5題   昨日出ました  






「だから、眼鏡は外せと何度言ったらわかるんだ」
「そっちこそ蓮二ばっか狡いって何度言えばわかるの」

言い争っていても睨み合うというほどの白熱はなく、淡々とした空気は変わらない。
((この展開は、延々平行線を辿る確率100%))
見つめ合う二人は、思考をハモらせ黙りこんだ。

「よし、ではこうしよう」
先に結論を出した柳が穏やかな声で打開策を提示した。
柳は、机の上へ手を伸ばし財布を取ると、中から銀色の硬貨を取り出す。
「コイントスで勝負だ、勝った方の意見を採用する」
お互いに、それくらい単純で分かりやすい方が都合が良かった。
「わかった」
乾にも異存はなく頷く。
「賭け物がすべて見えているのは、面白くないな」
ふと、思いついたように、柳がさらに提案する。
「それ以外にもひとつ、勝った方の言うことを聞く、ということでどうだ」
確かにゲーム性は高い方が面白い。
「いいだろう」
乾は、柳の思い付きにもすぐに同意した。勝てばいいのだ。当然、負ける気などない。

話がとんとんと進み纏まれば、後はゲームを始めるばかり。
人差し指と親指でコインを挟んで乾に見せた柳がまず、一言。
「いくぞ貞治、覚悟!」
「フフ、望むところだ」
柳が弾いたコインが綺麗な螺旋を描き宙を舞う。

乾は、その行方を集中して瞬きもせずに見つめる。
硬貨の表にデザインされた桜がくるりくるりと角度を変えながら舞い落ちる。
柳は、向かい合った眼鏡のレンズに反射した桜をじっと見ていた。
弾かれて舞ったコインが重力に逆らわず落ちるまでの時間は、ほんの僅か。
最後に、桜が翻って柳の手の甲に収まった、ように乾には見えた。

「さあ、どっちだ」
「裏!」
自信を持って答えた乾の眼前で、柳が右手をスライドさせコインを見せる。
柳の手の上に銀色の桜が咲いていた。
「フッ俺の勝ちだ」
「……!……負けたっ」
単純で分かりやすいゲームだけに、勝敗に文句の付けようもない。
文句を付けるつもりもないが、開かれた結果が全てだ。その結果に、乾はがくりと肩を落とす。
しかし、結果が出たからには、敗者の義務を果たさなければならない。
「蓮二、何をして欲しいの」
乾は、好奇心と気構えから先に未知の賭け物について尋ねた。
「ああ、考えていなかったな。少し考えさせてくれ」
「うん」
本当にただ思い付きだけで付加したオプションだったのだろう、柳は付け足した勝者の権利をしばし考えた。

「そうだな、やっぱり」
柳は一度言葉を句切り、乾を真っ直ぐ見据えた双眸を全開にした。
「お前は傍に居ろ」
「な」
告げられた内容を理解するよりも先にインパクトの強すぎる言い方に、乾は、ついどもりもする。
「なんでそんな上から目線なの!」
「問題あるか?」
首を傾げた柳がしれっと言う。
乾は感情に任せ反論してしまいたいところを、ぐっと抑えて内心で整理をしようと試みる。
衝動に負けて結果が好転した試しはない。

問題だらけだ!
いくら勝負に負けたからって、
大体なんでそんな命令されなきゃならないんだ、
傍に居ろだなんて、
傍に……?

「……ないや」
冷静になってみてやっと何を言われたのか理解した乾の鼓動が跳ねる。
「そうか」
柳の声は、ふわりと花びらのように柔らかい。
平静を装う乾の耳が赤く染まっていた。

じわりと差した朱を眺める柳は、ここで彼を逃がしてやるつもりなどない。
「さて、お前の負けだな貞治」
柳が容赦なくもうひとつの勝者の権利を促した。
「蓮二さ……」
「なんだ」
「いや、なんでもない」
乾は、言いかけた言葉を飲み込んだ。説明するのも口幅ったい。
(蓮二は、眼鏡を外すっていうことの恥ずかしさを絶対に理解してない!)
代わりに、心の中で悪態を吐く。
(俺から外したら、まるで……誘ってるみたいじゃないか)
とりあえず勝負に負けたのだ、乾は、潔く眼鏡に手を掛けた。
(断じて違う)
約束通り眼鏡を、仕方ないから置いてやる。










お題お借りしました  蝶の籠さま
【君に抱いた5つの感想】

5、仕方ないから置いてやる or やっぱりお前は傍に居ろ

2009-03-05