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沖田の足もとには、ついさっきまで元気に話していた隊士の屍、もちろん息はまだある、俗に言う虫の息ではあるが。
命に別状はないけれど、彼がせがまれた旅行に行けるかどうかは定かでない。

沖田は、存分に八つ当たりをして少しスッキリした頭で次の策を打ち出す。
失敗は取り戻せばいい。
じっくり考えるまでもなく辿り着いた答えは、ひとつ。

(こうなったら、近藤さんから旅行に誘ってもらうしかねえ)

こうして、沖田のホワイトデー3倍返し(てもらう)作戦が敢行された。


相手はあのにぶちんだ、初めから一筋縄で行くとは思っていない。
手段は、選ばないと言うよりも、露骨なくらいがちょうどいい。

早速、沖田は旅行ガイドやパンフレットを近藤の周りにばらまき、彼の視界の中でそれらを熱心に読むふりをした。
「あれ?なに?総悟、旅行に行きたいの?」
ここまでは計算通り、これだけストレートにやれば当然の結果だろう。
勝負はここからだ。
「へい、近藤さんこれ見てくだせェ」
「おおー!温泉?いいねーえ!」
「でしょう」
へえーと、興味を持って近藤は散らばったパンフレットに目を通し始める。
この機を逃すまいと沖田が横から口を出して煽る。
すっかりテンションの上がった近藤が不意に顔を上げた。
「これ、いつ行きたいんだ?」
この短時間でここまで具体的な話に持ってきた己の手腕を、沖田は内心自画自賛した。
「今週の土日でさァ」
その答えに、近藤は腕を組み唸る。
「うーん、休み取れるかなー」
確かに年度末のこの時期、役所は帳尻合わせやら駆け込み点数稼ぎやら最後の足掻きやらで何かと忙しい。真選組も例に漏れない。
ホワイトデーが念頭にあったせいで即答してしまったが、行けるのならいつでもいいと、沖田が訂正しようと思ったところを近藤の大声に掻き消された。
「あ!!」
近藤は、思いついた!と古典的に、左掌の上に右拳をポンと乗せる。
「なんですか?」
見上げた先の近藤は、ひどく嬉しそうで。
「ねえねえ!総悟!ソレお返しになる?3倍返しになる?」
身を乗り出して目を輝かせる。

「まじでか」
ボソリと呟く沖田は、ぽかんと呆気にとられた。
まさかこんなトントン拍子に話が進むとは思っていなかった。予想外すぎて放心する。
あまりの手応えのなさに、都合の良い夢なんじゃないかと疑う。

ほんの少し不安げに見上げられた視線を近藤は敏感に受け止め、頓珍漢に解釈する。
「俺に任せなさい!」
再び古典的に、近藤はドンと自分の胸を叩いて見せた。
「トシー!総悟の有給調整したいんだけどー」
鼻歌でも歌いそうに上機嫌な近藤が、隊士の配置決定権を持つ副長へと近づく。

「ン?」
沖田は首を傾げる。
ふと、もの凄くイヤな予感がした。

「あ?たっくこの忙しい時期に、何が有給だボケ!寝言は寝て言え」
「まあまあ、そこを何とか!総悟だって休みが必要だよ」
全く取り合う気のない土方を近藤が宥める。
「ンん?」
良くも悪くも沖田の直感が外れることは、滅多にない。

次に、満面の笑みで提示された近藤の提案は、これ以上なく的外れ。

「代わりに俺が働くからさ!な!!」

(あ、夢じゃなかった)

一瞬でも期待したばっかりに、立ち直るのに時間を要した。
咄嗟に異議を唱えることさえできやしない。
沖田としたことが、涙目になりそうなところを寸でで堪えるのが精一杯だった。


沖田のホワイトデー3倍返し(てもらう)作戦、玉砕。






2008-03-14







※どんさんとの約束で書いた話です。
 どんブログ(いまはなき(笑))が元ネタ、というか記事とリンクした話だったので、最初の始まり方が唐突かもしれません。
 雰囲気で感じてもらえると嬉しいです。
 ちなみにログ2はこれの続きです。これの沖田が駄々こねてああなりました。