桜咲く春うらら
緩んだ空気と気温に世界中が浮かれる季節、
中でも抜きんでて浮かれた空気が濃厚な場所、江戸が宇宙に誇る大テーマパーク。
にもかかわらず、その中央に位置するベンチだけ、冬よりも重く曇天よりもどんよりとした空気が淀んでいた。

「総悟?ほら、これとか楽しそうだよ!」
大小並んだ二つのシルエット、その大きい方が手に持ったパンフレットを隣に向けて地図の一角を指さす。
彼の頭の上には、このテーマパーク特有の獣耳型をしたかぶり物が乗っている。二つの獣耳の間には、赤い大きなリボン。
入場してすぐに土産屋へと手を引かれ、買い与えられたものだ。
ここではこれを付けるのが粋なのだ、と真顔で言い含められ、疑う余地もなく付けている。

話しかけられたにもかかわらず、小さい方は顔も上げずただ項垂れてひたすら地面を向いていた。
彼の頭の上には、連れと対になる獣耳型をしたかぶり物。
その事実が示すように、つい先ほどまでは、この俯いた少年も周囲に負けず劣らずの浮かれようであった。
しかし、アトラクションの説明の載ったパンフレットを一瞥するなり、見る間に彼のテンションが急下降した。

沖田が押し黙って座りこみがっくりと肩を落として俯く、その理由が近藤にはわからない。 
「総悟、どうした?黙ってちゃわからんだろう」
ベンチから立ち上がり沖田の正面に移動した近藤が、地面に屈み込み下から沖田の顔を覗き込む。
「……だって」
まだ俯いたまま、けれどやっと口を開いてくれた小さな声を聞き逃さないように、先を促す。
「うん?」
「灰かぶり城が……」
ボソリと呟かれたのは、このテーマパークのシンボルとされる建物の名称。
「う、ん?」
「灰かぶり城の、謎旅行がなくなってる……」
この世の終わりのような顔で何を言うかと思ったら。
「え!今?!」
そのアトラクションが終了したのは、二年も前の話だ。
「勇者になって近藤さんを助け出すのやりたかったのに」
「え?そういう主旨だっけ?」
もちろん、そんな内容のアトラクションではなかった。

とりあえず、季節外れの局地的ツンドラ気候の原因が分かったので、近藤は細かいことは気にしないことにする。
「わかった!総悟、俺が勇者メダル作ってお前にやるから、な!」
近藤の提案は覿面で、パッと沖田の顔が上がる。
「ほんとですかィ?!」
咄嗟に喜んでしまって近藤の満面の笑みを見てから、沖田はしまったと唇を噛む。
子供騙しに引っかかってしまった。
それでも別に物に釣られたわけじゃあない。
「男に二言はない!」
近藤はそう言って笑う、ただ言うだけなら誰にでもできる容易いこと。
けれどこの男に限っては、事実文字通り二言のないことを沖田は知っていた。
そんなひとに、勇者だと認めてもらえるのが嬉しかっただけで。

再び黙り込んでしまった沖田に、近藤が困ったように笑う。
「なんだ、ダメか?」
ばつが悪くて、沖田が口を開けないでいると、八方塞がりの近藤が痛恨の判断ミスを犯す。
「ほら総悟、元気出せ!何でもしてやるから!」
持ち前のうっかりで自爆した。
不意にニヤリと笑った沖田に、やっと近藤は己の失言を自覚する。
「あっ!いや…いまのは……」
慌てて前言撤回を試みるが、既に後の祭り。
沖田は引き際を見誤らない。
「男に二言はない、でしょう?」
うってかわって、ひどく楽しげに沖田が笑う。
何してもらいやしょうかねィ、と歌い出しそうに上機嫌に立ち上がる。
さっきまでと同一人物とは思えない。
近藤は、その笑顔につい毒気を抜かれる。

近い未来、己の身にもたらされるであろう難局からは意図的に目を逸らした。





2008-04-07
メズミーランドに連れてって