「大福食いますか?」
書類整理の手を休め、そろそろ外回り組が帰ってくるな、と時計を見上げたタイミングでするりと部屋に入って来た影が喋る。
ただいまもおつかれも近藤さんもなく、ずいっと目の前に出されたものに、近藤は相好を崩した。
「食う食う! 珍しいな、総悟が俺にお土産なんて」
「そうでしたっけ?」
「そうだよ! いつもトシにばっかじゃん」
拗ねたように口を尖らせた近藤に沖田はフッと笑う。
「ヤキモチですかい?」
「そりゃやくよ。大福だって一瞬でホットだよ」
「そりゃやめた方がいい、旨く食べたいなら」
近藤の口調を真似て沖田が返す。
「中アンコじゃないの? 苺大福とか?」
「バナナ餡てのがあったんでつい買っちまったんでさ」
「へぇ、ほんとだ。なんか黄色い」
よく見れば、白い餅は中身をうっすらと透かしていた。
「けど、焼きバナナとかあるじゃん。焼いても美味しいんじゃない?」
「そもそも妬く必要なんざハナっからありやせん」
「そ?」
キッパリと言う沖田に、近藤は上機嫌で大福に手を伸ばした。
その様子を沖田が目で追う。
「ん? なに?」
近藤は、至近距離からの不躾な視線に空いてる方の手で頬に触れた。
「なんか顔についてる?」
食べるところをじっと見られるというのは、なんだか落ち着かない。
「喉に詰まらせないように見張ってるんでさ」
「お年寄り!?」
しれっと発せられた沖田の要らぬ気遣いに、条件反射でツッコんだ。
「年々うっかり事故は増えてますんで、周りが気を付けてやらないと」
「まだ言うか」
真顔で重ねられる沖田の分かりにくい冗談に、眉尻を下げ近藤が笑う。
笑いながら、大福を口に運んだ。
「!?」
大きく一口、餅を口に含んだ近藤の肩が跳ねる。
「ぐっは!? ……ばにごえ!?」
口に入れたものを租借することも飲み込むこともできずに大福を舌に乗せたまま、無理矢理喋る。
行儀が悪いなどと悠長に言っている場合ではなかった。
生理的な涙が滲み、暑くもないのに額から汗が噴き出る。
落ち着きなくジタバタし出した近藤とは対照的に沖田の顔色は変わらない。
取り乱す近藤を眺めながら笑みさえ浮かべ、口を開いた。
「昨日、どっか出掛けたそうじゃないですか」
「ふぇ?」
混乱した頭では沖田が何を言っているのかわからず、近藤が涙目で沖田を見る。
「土方さんと」
沖田が淡々と続ける。
「初詣は一緒に行こうって」
「ビリビリすう! からひ!」
「約束しましたよね?」
そこまで言って、近藤に持っていた紙袋を差し出す。
近藤は反射的に、その紙袋に口の中のものを吐き出した。
「はあはあはあはあ」
まだ地獄のような痛みが舌に残り、近藤が肩で息をする。
水を出してやるほど沖田は親切じゃなかった。
「ご、ごめん。総悟怒ってる?」
確かに去年、そう約束した。そして昨日土方と初詣に行ったことも事実だった。
近藤にしてみれば、約束を忘れていたわけでも、違えたつもりもなかった。
今日、改めて沖田と行くつもりでいた。それが気に食わないと言われたら、非はこちらにあるのだろう。
静かな怒気が恐ろしい。
「怒ってなんかいませんぜ」
沖田はニコリと笑ってみせた。
「ただ妬いてるだけでさ」
可愛く言っても、既に手が出た後ではちっとも可愛くない。
「近藤さん、ヤキモチってのはアンタみたいなサラッとしたもんじゃない」
「え?」
「こんくらいドロドロしたもんですぜ」
ただのヤキモチと正当化されて済ませられてしまう仕打ちにも思えなかったが、相手は沖田なのだから仕方ない。
そう思ってしまった近藤の負けだった。
今年もきっとこんなふうに痛かったり酷かったり幸せだったりする日常が続いていくのだろう。
「結局これなに?」
一口食べたあまりの衝撃に、投げ出してしまった畳の上の大福を近藤が指さした。
「大福スペシャルトッピング、和がらしでさ」
いつになく良い笑顔で沖田が笑った。
2009-12-30
冬コミ配布ペーパー