沖近ログ7
アラジン de Wそうごの続きです。
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昇りきったばかりの太陽がざわついた街を美しく照らしていた。
爽やかな風に乗り、陽気な鼻歌がバルコニーから流れてくる。
南向きの大きな窓がバルコニー向きに開け放たれた部屋に、人気はない。
何の前触れもなく、部屋の中央にあるカウチがボフンと音を立て、煙が上がる。
その煙が消える頃には無人だったはずのカウチに、人の影があった。
そんな不思議な現象に驚く者は、この部屋には居ない。
「おかえり! 総悟!」
そろそろかと、バルコニーから身を戻した魔神が主人の帰還を歓迎した。
「ただいま、コンドー」
さっきまで誰も居なかったはずのカウチに、悠然と腰かける秀麗な見目をした男がふわりと笑う。
「楽しかったんだ?」
その表情だけで、彼の出先の首尾を悟った魔神も破顔する。
「ああ、なかなか面白かった」
コンドーに応えながら、総悟は慣れ親しんだ自室を見渡す。
ついさっきまで居たところも同じ場所だったが、細かく見ると随分と違う。
あの壁の傷はなかったし、この贈りものの置物もなかった。じゅうたんは落ち着いた色になっているし、あの絵も、あの棚もあの本も、さっきまでいた同じ部屋にはなかった。
それが積み重ねた年月だ。無機物でさえこうなのに。
「そーご元気だった?」
ニコニコと笑う魔神だけが変わらない。
「可愛かったでしょ!」
「そりゃあ……」
総悟の口元が冷淡に歪んだ。
我ながら、わがままで傲慢で無知で厚顔でいけ好かないただのガキだった。
(でも、)
「いいなあ、俺も久しぶりに会いたかったなー」
その気になれば、できないことなどほとんどない魔神が心から羨んでみせる。
(あいつは、いまの俺にはないものを持っていた)
「コンドーは、何してたんでィ?」
「お祭り見てた!今年もすごいんだよ!」
コンドーが幸せそうに笑うから。
「ああ、今年も派手に祝うさ」
(お前を)
総悟は、本心を口に出せなくなる。
彼が幸せを感じるのは、自分が祝福されることよりも、この国が祝福されているということ。
子どもの、無知ゆえの素直さは、貴重なものだったと、目の当たりにして改めて思う。
総悟は、いつの間にか臆病になっていた自分に気づかされた。
(あいつはあいつできっと、今頃悔しい思いをしているに違いない)
けれど、実際は、総悟の完勝ではなく、痛み分けだった。
ただ歳を重ねている分の経験の差が、それを表に出さないスキルとして総悟にあっただけの話。
(くだらねェ)
相手は、魔神だ。小手先の付け焼刃が通用する相手ではない。
「コンドー、覚えてろ」
「え!?俺なんかやっちゃったっけ!?」
口の中での呟きを耳敏く拾った魔神が慌てふためく。
「さあな」
「え、総悟怒ってる?」
「怒っちゃいない。ただ、」
言葉を切った総悟が立ち上がる。
さすがに魔神には敵わないが、あの頃の自分が豆粒のように見えるくらいには成長したつもりだ。
事実、総悟が立ち上がれば、続く言葉を緊張して待つ魔神の顔はそう遠くない。軽く手を伸ばせば届く距離。
「覚悟しておけ」
至近距離で美しく微笑む王の言葉の意味がわからず、呆けた魔神に、祝福を送る。
「誕生日おめでとう」
強引に首を引き寄せ、ポカンと開いた口を塞いだ。
2012-02-12 沖近恋つづり記念