ずっとさがしてるんだけど、みつからないんだ。

残念だったね
惜しかったじゃん
ドンマイ
いい試合だった
オレも負けちゃった

キミにかける言葉がみつからない。

言葉は次々と浮かんでは消えていく。
何を言えばいいかわからないのに、ただキミに会いたくて、我慢できなくて来てしまった。
それなのに、校門まで来たところで、ふと途方に暮れる。
いまさら他校に足を踏み入れることをためらったわけじゃない。
けれど校門の前に立って次の一歩を踏み出すことを逡巡した。

いつだって跡部くんに会いたければ、まっすぐにテニスコートへ行けばよかった。

(だけどいまは、どこに行けばいいんだろう?)

わからなくて、誰かに訊くのもなんだか癪で、このまま校門で待つことにした。
顔を見て話せるかどうかもわからないのに、電話で呼び出す勇気なんてない。

他校の門柱の前にしゃがみ込んでからどれくらい経ったのか、狭い視界の中で一度止まった足があった。
ピタリ3秒後、その脚は規則正しい歩幅で再び動き出した。
慌てて顔を上げてから自分が俯いて考え込んでいたことに気付く。
でも今そんなことはどうでもよくて、根拠のない確信を持って目で追った先に果たして会いたかった彼の後ろ姿を見つけた。
(あれ?)
反射的に首を傾げる。
(何か、変じゃないか?)
稟とした背中は間違いなく跡部くんのそれで、絶対に人違いなんかじゃないのに、何かがいつもと違う。
どんどん歩いて行ってしまう後ろ姿をじっと見る。すっかり短くなった髪が目に刺さるけど。
でも変なのはそこじゃなくて。
後ろから見ても頭の形の良さが手に取れて、きっと短い髪だって恐ろしく似合っているはずだ。

しばらく考えて、感じた違和感の正体にやっと思い当たる。

(ああ……そうか、彼は2年生だった)
跡部くんが一人でこの校門から出て来るのをオレは初めて見たんだ。

挫けてしまいそうになる気持ちを奮い立たせて、キミの名を呼ぶ。
声が震えないようにするのが精一杯だった。
弛みないリズムで歩く跡部くんの背中は、その頃にはだいぶ小さくなってしまっている。
走って追い掛けながら、6回呼んだところでやっと彼の脚を絡め取ることに成功した。
脚を止めた跡部くんが見慣れたうんざりとしたような表情で振り返る。
見慣れない髪型は、やっぱりとてもよく似合っていた。

「やあ、跡部くん奇遇だね!」
「アン?待ち伏せを奇遇とは言わねえだろ、ストーキングっつうんだ」
辛辣に指摘された事実は笑ってごまかそう。

あれだけ迷った言葉は、本人を前にしたら信じがたくあっさりと零れた。
「キミはいつでもかっこいいな……」
眩しいような気までして、思わず目を細めた。
「かっこよすぎてずるいよ、跡部くん」

一瞬の間があって、跡部くんは器用に片眉をしかめて困ったように笑った。
「ククッ、なんだそれ」
それからいつものようにひどくきれいに笑う。
「当然だろ」
今更何言ってやがる、と言外に表情で表した。
(ああ、かっこいい)
(跡部くんはずるい)

敗北を誰よりも重く背負ってるはずなのに、彼の背中は1ミリだって曲がっちゃいない。
誰から見ても如実な結果が、重くないはずがない。
それは一目瞭然に短くなった髪だったり。持ち歩かなくなったラケットケースだったり。隣にいない後輩だったり。
それでも、真っ直ぐに伸びた背筋はあらゆる同情を寄せ付けない。

ふと、静かに笑う彼がまるで泣いてるように見えた。

でもそんなのはもちろん幻覚で、実際跡部くんは驚いたように一瞬目を見開いた。

「お前、なに泣いてんだ」
そう言われて、はじめて視界がぼやけていることに気付く。
いつのまにか泣いていたのはオレのほうで、瞬きをしたことで溢れた水滴が頬を伝った。
珍しく呆気にとられた表情の跡部くんから目が離せない。
濡れて歪んだ視界の真ん中にいる彼は、やっぱり泣いているように見えた。

(いっそ泣けばいいのに)
泣けたなら、きっと少しは軽くなる。

「あれ、なんでだろ。おかしいな」
当然泣くつもりなんて全然なくて自分でもわけが分からなくて、びっくりして、狼狽える。
人前で、他でもない彼の前で、零れた涙もバツが悪くて、慌てて手で顔を拭った。
「オレ、自分が負けた時だって泣かなかったのに」
咄嗟に軽口を叩いて気を逸らせないものかと考える。
けれど、跡部くんは鼻で笑って一蹴した。
「ハッ、お前は遅いんだよ」
その言葉が涙についてなのか、テニスに対する姿勢についてなのかわからなかった。
きっと両方なんだろう。
「そっか、遅かったか」
それは紛れもない事実で、一番の反省点なのも間違いない。
わかっていたつもりだけど、跡部くんに真っ正面から言われると、改めて己の甘さを思い知らされる。

「なんて顔してんだ、お前」
苦笑した跡部くんがそう言った。
オレは相当情けない表情をしてたんだろう。
跡部くんの苦笑はすぐに変化して、声を出して笑い出す。
彼が笑うのを見て、なんだかとても安心した。
「人の顔見て爆笑ってひどくない?」
跡部くんの笑いは随分と長い間収まらなかった。

キミのかわりに泣いたわけじゃない。
キミのために泣いたわけじゃない。

だってほら、いまオレは、こんなにも身軽だ。
会いたかったキミに会えて、キミの笑顔を見て、今後の課題を見直した。

オレばかりが軽くなって、キミばかりが重いまま。


ずるいのはキミじゃなくてオレだ。










HAPPY BIRTHDAY!! dear 跡部景吾
20006-10-04