あの試合に悔いがあるとは思わない。仕切直しの必要など感じない。
たとえどれだけ時間が経ったとしても、あの試合はあの時の跡部は、褪せることなく鮮やかに俺の中に残るだろう。
だけど。
「なあ、跡部はいいのかよ?」
「アン?」
「さっきの、S2…監督が……」
「なんだよ、珍しく歯切れが悪いじゃねーか」
「いや、だから……」
跡部は手塚ともう一度やりたいんじゃないのか、その一言が言えずにいた。だけど、跡部には俺の考えてることなんて筒抜けなんだろう。
「俺も手塚はS2でくると思うぜ。奴にとって樺地は最悪の相手だろう。樺地の実力を思い知るがいい」
ククっと楽しそうに跡部が笑う。
ちゃんと楽しそうで、少し安心した。
「手塚とはいつでもできる。奴が逃げなけりゃあな」
跡部は冗談めかしてそう言ってから、さらに不敵に笑った。
「そろそろあの生意気なルーキーを潰しておかないとな。これは今やっておかないと、やり残すことになる」
言われてみれば、二年の学年差がある相手との対戦チャンスは貴重だ。
「でもアイツが真田に勝ったのは、マグレみたいなもんだろ?」
「マグレだろうが何だろうが、勝ちゃいいんだよ。勝った方が強いんだ。あの一年の強さっていうのは、あそこでマグレの一発を出せるとこなんだろうよ」
一度言葉を切った跡部は、声を落として独り言のように呟いた。
「それに、次に出てくる時には、マグレじゃなくなってる」
確かにアイツらの成長スピードは、群を抜いていた。だけど、そんなのは俺たちだって。
「進化してるのは、アイツらだけじゃないってとこ見せてやろーぜ!」
「フン、当然だ。伸びきったところを叩かねえと意味がない」
そう言いきる跡部に容赦はない。
真正面から強い視線に射抜かれる。
「勝つのは氷帝だ」
その青い目に宿る氷の炎に焼かれるような気がした。
「おい岳人、そろそろ休憩が終わるぞ」
ついと視線を外して、コート一帯を見渡した跡部が唐突にそう言う。
「え?」
それがどうかしたのかと、跡部に倣いとりあえず辺りを見回す。
「…ああ」
さっき水場に行くと言っていた相棒が見あたらなかった。
(ったく、世話の焼ける……)
「ちょっと行ってくる」
踵を返した背中に、柔らかく釘を刺された。
「練習に遅れるなよ、わかってるな」
「わかってるよ!」
振り向いて答えてから、まず水場に向かう。でも、たぶんそこにはいないだろう。
跡部はいつでも全体を見ていて、足りないもの、弱っているところを的確に見抜く。
一度だけ、ただ目の前の相手だけを見て戦う跡部を見た。
あの試合に悔いがあるとは思わない。けれど、跡部が納得しているとも思えない。
口に出さなくても、本音では手塚ともう一度やりたいに決まってる。それでも。
いま、跡部が優先してるのは、個人的な再戦よりも、あの時得られなかったチームの勝利。
もちろん全員がそれを目指して、そのために最善のオーダーがさっき発表された。
何を迷うことがある。
(今度は俺たちが勝つ。なあ、そうだろう?)
辿り着いた中庭、やっと見つけた見慣れた背中がもしも迷っているならば、それを思い切り突き飛ばす覚悟を決めた。
HAPPY BIRTHDAY!! dear 向日岳人
2005-09-12