**いまとなっては、パラレル色濃厚になってしまいました。私の中では慈郎の試合がちゃんとあるということで、慰める感じに。(9月追記)
「忍足、靄は晴れた?」
聞くまでもなく、忍足の表情は、すっきりと晴れていた。
「ん、こんなに視界がクリアなんは久々や」
答える忍足の声までが晴れ晴れとして、慈郎に靄をかける。
それをごまかすために、慈郎は笑った。
「はい!手の指は何本?」
至近距離にいる慈郎が右手でVサインを作って訊く。
馬鹿にされているのか、と思いつつ、忍足は見たままを答えた。
「……2本やろ」
「ブー!手の指は10本あります!」
間髪入れずそう言って、いたずらっ子のように慈郎が笑う。
「おっまえ、どうしようもない…」
呆れるよりも前にあまりのくだらなさに忍足は噴き出した。
それに慈郎は少し安心した。
(いまのは俺が笑わせた)
慈郎は、ラケットを持ったままの忍足の左手へ視線を落とす。
「あーあ、ラケット2本もダメにしちゃったね」
ラケットのガットには穴が開いて、これはもう張り替えなければ使い物にならない。
「これくらい安いもんや」
手に入れたものに比べれば。
忍足が穏やかに笑う。その表情に、またチクリと痛んだ。
「そうだよね、やっぱ勝負は勝ったほうが気持ちE−よね」
ボソリと呟いた言葉は、小さすぎて忍足には届かなかった。
特に真剣勝負を真っ向からねじ伏せられたら、さらに、一度負けてる相手を向こうにまわして。
忍足は、いまそれをやってのけた。
失くした分を、自分でちゃんと取り返した。
成し遂げた忍足は、晴れやかに笑う。
いま忍足をあんなふうに笑わせてるのは、あいつだ。
桃城武は、忍足にとって特別だった。
忍足の靄を晴らすことができるのは、あいつだけだった。
それが気にくわないなんて、バカみたいなこと。絶対に口に出したりはしないけれど。
慈郎は、二度瞬きをして、気持ちを切り替える。コートへ向かう覚悟を決める。
「よし!次は俺の番な!ちゃんと見ててよ、忍足!」
慈郎が忍足に向かって指を突きつける。
「おう、まかせとき」
「寝たりしたらダメだからね!」
「アホか、ジローとちゃうわ」
苦笑混じりに忍足が慈郎の頭に手を伸ばす。
「ここで見てるから、ほれ、行ってきぃ。きばりや」
忍足は、さわり心地のいいひよこ頭をふわりと撫でて、背中を押した。
ここで見てるから、慈郎はその言葉の威力を改めて思い知る。
「ウン!見てて、忍足」
俺も取り返すから。
本当は、一度失くしてしまったものは、取り返しなんてつかないけれど。
もう一度手に入れたいものがある。
忍足が切り開いた頂点への道を跡部まで繋げるんだ。
次は俺の番だ、
慈郎は、無意識に手首をまわし、ラケットを取る。
コートへ歩く背中に、氷帝コールを背負った。
プレッシャーはない。いつも通り。強い相手と試合をするのは楽しい。
ただ、ここを抜けなければ、俺たちは、前へ進めない。
忍足に置いて行かれないように、ラケットを振るんだ。
勝つまでは振り向かない、と。そう心に決めた。
慈郎は、ネット越しに白と青のジャージを見据えた。
2005-07-16
忍足勝利氷帝一勝記念