誕生日だからといって浮かれるような歳でもないが、それでもやっぱり、それは特別な日なんだということをひとから教えてもらえるのは、とても幸せなことだと思う。

乾は、学校から帰るなりすぐに自室で鞄に入れていた物を取り出して並べた。


薄い四角い箱に入っていたハンカチは、海堂からもらった。
海堂は「誕生日、おめでとうございます、」と目を合わさずに言い、四角い包みを差し出した。
乾が受け取り、「ありがとう」と言い終わらないうちに、走り去ってしまった。
乾が手の中に残された箱を見れば、包装紙に父の日用のシールが貼ってあった。
きっと買ったときに、父の日用ですか?と聞かれ否定できなかったのだろう。
海堂らしいと、乾は笑った。

包装されずに袋に入った猫じゃらしは、越前がくれた。
「オメデトウゴザイマス」と渡された猫じゃらしに、乾は、眼鏡を押し上げる。
「ありがとう、越前。だが、俺は猫を飼っていないぞ」
「桃先輩が、プレゼントは欲しいものをあげればいいって、言ってたんで」
「……そうか。そうだな、まあそのアドバイスは間違っていないな……」
越前は、乾の話を最後まで聞かずに、プイっと居なくなった。

桃城からもらったドリアンは、何しろ匂いが凄い。鞄には入れずに、袋を三重にして持って帰ってきた。
「乾先輩おめでとーございます!」人懐っこい笑顔で、差し出された袋は、異臭を放っていた。
乾は、少し躊躇しながらも、勇気を出してその袋を受け取った。
「桃城、これはなんだ?」
「ドリアンっす!先輩、好きでしたよね?ドリアンて高いんすよー!知ってました?まえ見たとき驚いたんすけど。たまたまこないだ伯父さんが出張でタイに行くってんで、頼んでおいたんすよ!地元ならそんな高くないらしいんで。それにしてもこれすげー匂いっすね!」
桃城はよく喋る。訊いていないことも一度に答えた。
乾は、ドリアンが好きだ、などと一言だって言った覚えはなかったが、話を聞けば桃城なりの善意だということはよくわかった。
疑っていたわけではないが、嫌がらせではないことを確信して、乾は礼を言う。
「ありがとう、ちょうど次回作の食材を探していたんだ。使わせてもらうよ。桃城、試飲は頼むぞ」
途端に焦りだした桃城の悲鳴を置き去りにし、乾は部室へ入った。

河村は、律儀に何か欲しいものはないか、と事前に聞いてくれたので、希望を伝えていた。
「乾おめでとう。でも、ほんとにこんなのでいいのかい?」
困惑気味の表情で、河村が取り出したのは、かわむらすしと書かれた紙袋だった。
「ああ、もちろん。これが欲しかったんだ、ありがとう」
紙袋の中には、かわむらすし特製のてぬぐいが五本入っている。乾の希望通りのものだった。
「五本もいいのか?気をつかってもらって悪いな」
数は指定していなかったから、気を遣わせてしまったようだ。
「気にしないでくれ、親父なんか乾が欲しがってるって聞いたら喜んじゃってさ。ほんとはもっと持って行けって言われたんだ」
苦笑混じりに、河村が言う。
「そうか、助かるよ。親父さんにも宜しく伝えてくれ」
てぬぐいを使いたいと考えていることがあった。二本くらいあれば足りるかな、と考えていたが、多すぎて困る物でもない。
乾は、素直に厚意に甘えることにした。

大石らしい几帳面な包装を開けると、DVDカム用のディスクが出てきた。
少し前にずっと欲しかったDVDカムを親に買ってもらった。誕生日プレゼントの前借りだった。
正直、消耗品をもらえるのは、建前抜きに嬉しい。
「ありがとう、大石。助かる」
乾が礼を言えば、大石は、無駄にさわやかに笑った。
「どういたしまして。電気屋で包装を頼んだら、店員の人があまり上手くなくてさ、自分でやりますって言って包装紙だけもらったんだ。我ながら上手くできたと思うんだが、どうだ?」
開けてしまってからそんなことを言われても、今更判断の仕様がなかったが、確かに下手くそではなかったとは思うので、一応同意しておいた。
「ああ。お前は、神経を遣う細かい作業に向いているよ」
乾の言葉に、大石は今度は照れたように笑った。

大石の周りをチョロチョロ動いていた菊丸は、一旦動きを止めて乾を見上げた。
「そっか!乾、今日誕生日か!ゴッメン!忘れてた!あははは!ドンマイ!あとでジュースおごってやるよ!おめっとさん!」
菊丸のあっけらかんとした物言いに、自然と笑みが零れる。
「ああ、ありがとう。楽しみにしているよ」
菊丸の行動パターンを分析すれば、いま自分で言ったこともいつまで覚えているか怪しいところだったが、そんなことはどうでもよかった。
ジュースをもらうことよりも、おめでとうと言われたことの方が嬉しかった。

なんだか可愛らしい袋に入っていた眼鏡レンズクリーナーは、手塚にもらった。
「おめでとう、」と言う手塚の表情は、何故かいつも以上に仏頂面だった。
「ありがとう。……何か怒ってるのか?」
理由に心当たりのない乾は、訊くことしかできない。
「いや、ちょっとな」
「ちょっと、何?」
言葉を濁す手塚に、さらに突っ込む。手塚は、渋々というように話を続けた。
「これを買ったときに店員が、お子様へのプレゼントですか?と訊くから、違うと答えたら、奥様へですか?と言われた。いちいち否定するのも面倒臭くなったから、そうだと言ってやった」
こういうことには耳聡い菊丸が横で大笑いをしていた。
「はは、それは災難だったな。そんな紆余曲折を経ているなら、尚嬉しいよ。ありがとう」
乾が慰めにもならないことを言えば、手塚は神経質に乾と目を合わせる。
「よくあることだ。だいぶ慣れてきた」
それもどうだろうか、と思いつつ、乾はもう一度ありがとう、と言った。
「嫌な思いをさせて悪かったな」
最後に付け足すことも忘れなかった。

乾は、鞄の一番奥に仕舞った不穏な空気を纏う封筒を取り出す。
「やあ、乾。誕生日おめでとう。これ、プレゼント。家に帰ってから開けてね」
意味深にそう言った不二は、いつもと変わらない表情で立っていた。
「あ、ああ。ありがとう……」
もらったときから、不吉な予感のする封筒に、乾は反射的に固くなる。
とても気になったが、学校で開ける気にはならなかった。不二がわざわざ釘を刺すということは、絶対に守ったほうがいいことだった。
その上、だいたいの予想はついていたので、見たくないという気持ちのほうが強かった。
しかし開けないわけにもいかず、大半の義務と少しの好奇心で乾は恐る恐る封を切る。
中にあったのは一枚の写真。
写っていたのは、大口を開けて居眠りをしている乾だった。あまつさえ、よだれが垂れている。
プリントされたものと一緒にネガも入っていた。
予想通りの種類のプレゼントに、乾はガクリと肩を落とす。
この写真自体によるダメージも大きかったが、これ以上の物を不二が握っているであろう可能性の方にさらに強く打ちのめされた。
乾は、不二だけは、敵に回してはいけないという認識を改めて強く持った。


テニス部の面々にもらったものを出し終えて、乾は一息つく。
これらの他にも今日はいろんなものをもらった。
それを確かめるように、ひとつひとつ並べていく。

誕生日のプレゼントというのは、その物以上に、祝ってくれたというその気持ちがとても嬉しい。

けれど、乾はこれだけたくさんの気持ちに囲まれて、それでもなんだかもの足りないと思ってしまう自分を自覚した。

何が足りないのかも、わかっている。
それは口に出してはいけないことだった。
口に出さずとも思ってしまうだけで、後ろめたい。
気持ちは、強請ってもらうものではない。
無い物強請りは、無条件にくれた人々にひどく失礼なことだ。
そう理解してはいるのに。
足りない。
乾は深く息を吐き、それ以上考えるな、と自分に言い聞かす。
だが、そんなに簡単に思考を放棄してしまえるのなら、最初から苦労などしない。
何か別のことでも考えようと思った時に、階下から母の声がした。
曰く、「ご飯よー!」
このタイミングは、非常にありがたかった。





HAPPY BIRTHDAY!! dear 乾貞治
2005-06-03

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普段青学を書かないもので、たまに書くのが新鮮